応永十八年 十一月二十七日
 よもや、いち家来の(それがし)にこのような波乱が訪れるとは思いもよらなかった。
 先日、まだ元服(げんぷく)もしていない実仁が親王(しんのう)宣下(せんげ)を受けたという。危険を察した主君の██殿は姫と共に諸国を渡り歩くことを決め、従者として某も選ばれた。どうせ家族もおらんのだ、後世に語り継がれるような家来の(かがみ)として、主君に尽くそう。

応永十八年 十二月六日
 関所を避けて、九州へ。暖かい土地と聞いていたが、さすがに冬では寒さが勝つ。今夜の宿にちょうど良い小屋を見つけることができた。
 そういえば、近ごろ君侯(くんこう)の様子がおかしい。姫と何かあったのだろうか?

応永十八年 十二月十四日
 君侯から内密で相談を受けた。どうやら数日前から、夜の方がうまくいかないらしい。精のつくものを探しに山へ入ると、なんと温泉を見つけた。皆、喜ぶに違いない。

応永十八年 十二月二十九日
 君侯から、年越しと共に特別な恩賞を(たまわ)った。蛇の血が効いたらしい。姫からは直々(じきじき)に温泉のお礼も言って頂けた。恩賞は嬉しいが、逃げ回る身ではせっかくの金も使い道がない。宝の持ち腐れだ。去年は従者のうち三人が逃げた。某にも嫁がいれば……

応永十九年 一月十七日
 気のせいだろうか。近ごろ、姫と視線が合うことが増えたように思える。ここ最近の働きで、覚えがめでたいのは間違いない。嬉しいことだ。心配なのは君侯の体調で、顔色が良くない。栄養のあるものを食べさせなければだめだ。

応永十九年 二月十日
 取り返しのつかないことをした。もう戻れない。

応永十九年 三月二十六日
 また、誘われるがままに振る舞ってしまった。以前は君侯への罪悪感で耐えられなかったが、もはや気にならない。某がこの旅に仕えているのは、ひとえに姫のためだ。

応永十九年 七月十三日
 本州に戻ってからずっと、関所のおかげで移動が難しい。どこか島へでも渡れれば楽なのだが……新しい候補地を探さねば。

応永十九年 八月三〇日  
 ついに、後小松が両統迭立(りょうとうてつりつ)反故(ほご)にし実仁親王に譲位したと知らせを受ける。我が君は完全に立場を失われた。もはや再興は不可能だ。

応永十九年 十二月十七日
 本州から離れた程よい場所に、島があると噂を聞く。姫はついに身重(みおも)になった。どうせなら一蓮托生(いちれんたくしょう)と、皆で海に()()す。

応永十九年 十二月十九日
 辿り着いたのは、まさに理想の土地だった。適度な人の営みと隠れやすい自然。山のふもとに見つけた廃寺に隠れて一週間経つ。そういえば途中で仲間の舟が波に呑まれたのに、こちらの船がずっしりと耐えたのが気になる。君侯は荷物に金塊でも隠しているのでは? 

応永二〇年 一月一日
 新年を迎えてから姫が産気(さんけ)づいて、ずっとつきっきりだった。気づけばあたりは真っ暗。本堂の周りを島民に取り囲まれ、たちどころに見つかった。不幸中の幸いか、姫のお産のおかげで問答無用のお縄は(まぬが)れる。
 そして奇跡が起きた。出産が無事に終わって赤ん坊が泣いたとき、同時に太陽が()(かがや)いたのだ。この子は、なにか大きな天命(てんめい)を持っているに違いない。