「翔っ!」
自分の声で目が覚めた。バッと飛び上がるように身体を起こす。全身にびっしょりと、異常な汗をかいていた。
「大丈夫?」
寝室に入ってきた聖奈がカーテンを開けた。白い光が眩しい。
「翔って、あの?」
ゆるくウェーブが掛かった髪を一つにまとめた聖奈が振り返る。
「夢……」
親指を顎に添えると、硬い髭の感触があった。安堵と拍子抜け。すっきりしない感情が腹の底で渦を巻く。
「翔が夢に出てきたの?」
「……ああ」
聖奈も出てきたことは言わないでおいた。僕は「夢に出てきたよ」と伝えられて良い気分になった試しがない。
「墓参りに来いって?」
聖奈は冗談ぽく、それでいて懐かしむような、でもさっぱりとしたトーンで言った。僕はまだ背中の汗がひいてない。
翔は高校二年の時に事故で死んだ。強制参加させられた野球応援の帰り道だった。枯れるほど泣いて翔の死を受け入れた筈なのに、今になって受け入れ難い過去になる。
「あなた?」
ズズっと鼻をすすった。「いや」と曖昧に答えて部屋を出る。タタタッと激しい足音が駆け寄ってきて、「パパっ!」と僕に飛びつく。5歳の千佳だ。
そういえば千佳も夢に出てきた……ような気がする。少し歩いただけで夢の断片はパラパラと僕の頭から抜け落ちて、僕はそれらを拾い集めようと記憶を辿る。けれど、一度落ちた夢の記憶は意識して集められるものじゃない。
「巨民戦、ゼッタイ勝ってね!」
ぷくっと頬を持ち上げて千佳は言った。
「あ……巨民戦か……今日は」
「大丈夫? 具合悪いの?」
聖奈が怪訝に言う。
「ぼく、いっぱい応援する!」
隣室からは去年生まれたばかりの梨花の泣き声が聞こえる。梨花を連れて、もしくは置いて野球観戦に来るつもりなのか。
「千佳がどうしても観に行きたいって言うから、姉さんにお願いしたの」
聖奈は僕に手を伸ばして、額に貼り付いた髪を避けた。
「本当、大丈夫? 悪夢でも見たの?」
戸惑わせてしまうと知りながら、僕は聖奈を抱きしめた。聖奈はビクッと身体をこわばらせて、側にいる千佳を見た。普段は子供の前でこういうことはしない。
「翔が……出てきたんだっ」
「うん、なんて?」
「聖奈を幸せにしろって」
聖奈の体温が上がった気がした。僕は目をかたく閉じて、もう一度記憶の回復を試みた。翔は僕になんて言った? 最後にどんな表情を? 記憶は抜け落ちる一方で回復することはない。
「もう、十分幸せだけどね」
その言葉に不安を覚えた。血液がパタパタと振動し、細胞が破壊と再生を繰り返す。穏やかな時間が流れているようで、僕の体は慌ただしい。
『無理だっ! コイツは巨民戦で相手バッターに死球食らわせてっ……巨民ファンを敵に回すっ! 毎晩嫌がらせ電話が掛かってくるようになるんだっ! 巨民ファンの執念にっ、俺たち家族は壊されるんだっ!』
ふいに夢の断片が再生される。でも一体、誰の言葉だろう。怒鳴りつけるような恐ろしい声。まるで誰かの声を借りて翔が警告するように。
「チャラッ、チャララーン」
隣では千佳が小躍りしながら、僕の登場曲を歌っていた。
自分の声で目が覚めた。バッと飛び上がるように身体を起こす。全身にびっしょりと、異常な汗をかいていた。
「大丈夫?」
寝室に入ってきた聖奈がカーテンを開けた。白い光が眩しい。
「翔って、あの?」
ゆるくウェーブが掛かった髪を一つにまとめた聖奈が振り返る。
「夢……」
親指を顎に添えると、硬い髭の感触があった。安堵と拍子抜け。すっきりしない感情が腹の底で渦を巻く。
「翔が夢に出てきたの?」
「……ああ」
聖奈も出てきたことは言わないでおいた。僕は「夢に出てきたよ」と伝えられて良い気分になった試しがない。
「墓参りに来いって?」
聖奈は冗談ぽく、それでいて懐かしむような、でもさっぱりとしたトーンで言った。僕はまだ背中の汗がひいてない。
翔は高校二年の時に事故で死んだ。強制参加させられた野球応援の帰り道だった。枯れるほど泣いて翔の死を受け入れた筈なのに、今になって受け入れ難い過去になる。
「あなた?」
ズズっと鼻をすすった。「いや」と曖昧に答えて部屋を出る。タタタッと激しい足音が駆け寄ってきて、「パパっ!」と僕に飛びつく。5歳の千佳だ。
そういえば千佳も夢に出てきた……ような気がする。少し歩いただけで夢の断片はパラパラと僕の頭から抜け落ちて、僕はそれらを拾い集めようと記憶を辿る。けれど、一度落ちた夢の記憶は意識して集められるものじゃない。
「巨民戦、ゼッタイ勝ってね!」
ぷくっと頬を持ち上げて千佳は言った。
「あ……巨民戦か……今日は」
「大丈夫? 具合悪いの?」
聖奈が怪訝に言う。
「ぼく、いっぱい応援する!」
隣室からは去年生まれたばかりの梨花の泣き声が聞こえる。梨花を連れて、もしくは置いて野球観戦に来るつもりなのか。
「千佳がどうしても観に行きたいって言うから、姉さんにお願いしたの」
聖奈は僕に手を伸ばして、額に貼り付いた髪を避けた。
「本当、大丈夫? 悪夢でも見たの?」
戸惑わせてしまうと知りながら、僕は聖奈を抱きしめた。聖奈はビクッと身体をこわばらせて、側にいる千佳を見た。普段は子供の前でこういうことはしない。
「翔が……出てきたんだっ」
「うん、なんて?」
「聖奈を幸せにしろって」
聖奈の体温が上がった気がした。僕は目をかたく閉じて、もう一度記憶の回復を試みた。翔は僕になんて言った? 最後にどんな表情を? 記憶は抜け落ちる一方で回復することはない。
「もう、十分幸せだけどね」
その言葉に不安を覚えた。血液がパタパタと振動し、細胞が破壊と再生を繰り返す。穏やかな時間が流れているようで、僕の体は慌ただしい。
『無理だっ! コイツは巨民戦で相手バッターに死球食らわせてっ……巨民ファンを敵に回すっ! 毎晩嫌がらせ電話が掛かってくるようになるんだっ! 巨民ファンの執念にっ、俺たち家族は壊されるんだっ!』
ふいに夢の断片が再生される。でも一体、誰の言葉だろう。怒鳴りつけるような恐ろしい声。まるで誰かの声を借りて翔が警告するように。
「チャラッ、チャララーン」
隣では千佳が小躍りしながら、僕の登場曲を歌っていた。