━━━━大正。

「はぁ…はぁ…うっ…」
枕元の水を一口飲み、少しずつ落ち着かせるように息を整えていく。

「大丈夫ですか?お姉様」
「ええ、ありがとう。富子、いつも心配かけてごめんなさい」

尾上静枝(おがみ・しずえ)はそこそこ裕福な家のお嬢様だ。優しい両親と妹に恵まれ幸せに過ごしていたが、10代半ばに突然倒れた。
医者によると治療法がない不治の病だと診断された。
病気だと感じさせないほど元気だった静枝も日に日に元気を失い床に伏せるようになった。
歩けないほどではないのでたまに屋敷や短時間であれば町に出掛けて気分転換をしていた。

静枝を心配し色々と世話を焼いてくれていたのは静枝の2つ下の妹・富子(とみこ)だ。

明るく可憐な少女で、しっかり者ながら甘え上手なので年頃になると縁談の話がちょくちょくやって来ては断っているんだとか。

「お粥を持ってきました。十和さんが漬けた美味しい梅干しを使用させていただきましたわ」
「わあぁ。十和の梅干し美味しいのよね、富子もお粥作ってくれてありがとう」
十和(とわ)は尾上家の古参の使用人でもあり、静枝と富子の乳母であり育ての母や祖母のように慕っているおばあちゃんだ。
静枝は上半身を起こしながら富子にお礼を伝えると嬉しそうにはにかむような笑顔で笑い、静枝の部屋から出ていった。

匙から粥を掬い息を吹きかけ冷ましてお粥を口に運ぶ。
「ん〜おいしい。食べたらお散歩へ行かなくちゃ」
お粥は富子が作ってくれた。小さい頃に静枝が風邪を引き富子がお粥を作ってくれ「おいしい」と褒めたのがよっぽど嬉しかったのかお粥を作ってくれるようになった。
富子は台所を汚し子供が火を使うなんてとこっぴどく両親に叱られたらしい。

嬉しさと申し訳なさで作ってくれた思い出のお粥をあと何回食べられるだろうかと噛みしめていた静枝。

余命半年と診断されてから数ヶ月…余命はあと2ヶ月。

体調を崩すことは多いが散歩も出来るし食事も少量ながらしっかり摂れる。
余命2ヶ月とは思えないほど元気だ。
静枝としては最後の気力を振り絞ってる状態なのだろうと思うことにした。

「ごちそう様でした」
口を拭き、枕元にあるベルを鳴らし使用人を呼んで着替えを手伝ってもらう。