時が止まった。先程かいたのとは違う種類の汗がピフラの背中を伝う。
(「俺のことが好き」って、えええ!?)
 ガルムを見やれば、なにやら赤い顔で忙しなくぬいぐるみを揉んでいる。
 何が一体どうしてそうなったのか、ピフラは数分前の自分をコマ送りで再生した。そして、あるシーンで止まる。

『あなたに愛される人は幸せ者だわ、羨ましい。わたしね、赤色が好きなの。本当に大好きよ』

 こ・れ・か。
 赤色=赤目=ガルムと変換されたのだろう。つまりガルムは、ピフラの赤色プレゼンを自分への熱烈アプローチと捉えらえたのである。
 
(ふむ。でも、それはそれでアリよね?)
 好意を示されたら、その相手をなかなか邪険に出来ないのが人間の性である。
 これを利用してガルムにぐっと近づくのだ。「義弟大好き」キャラを装いガルムを懐柔する。
 聞こえは悪いが、こちとら命がかかっているのだ。死なない程度、けれど捨て身で、義弟を手塩にかけなければならないのである。
 ピフラはガルムを見やった。彼の面色は目の色に追いつきそうなほど紅潮している。動揺と羞恥、そして目の奥の輝きに仄かな喜びが見えた。
 心に闇を抱えてきた子供がやっと見つけた、小さな喜びなのかもしれない。そう思うと自然と心が温まる。

「そうよ? ガルムのことが好きになったの」
「でっでも会ったばかりなのに」
「ふふっ。そう難しく考えないで。人を好きになるのに理由なんて要らないのよ」
「理由は……要らない?」

 ぬいぐるみを見ながらガルムが呟く。
 戸惑って当然だ。今まで誰かに愛された経験がないのだから。
 ぬいぐるみを揉むガルムの骨ばった手に、ピフラは自身の手をそっと重ねる。華奢で小柄に見えたガルムだが、その手はピフラよりも大きかった。
(この手でわたしは殺される予定……!!)
 彼の手の甲をきゅっと握り、努めて微笑む。
 
「わたしも好きになってもらえるように頑張るね」
 その花のかんばせにガルムがますます染め上がる。そして眉間に皺を寄せながら握られた手を反転し、彼女と五指を絡めた。

「別に……そんなことしなくていいです」
「え?」
「俺を好きになってもらおうとか、する必要がないって言ったんです」
「え?」
(そっ……それって好きになられても困るってこと!? 『俺を好きになるなよ』宣言!?)
 先程まで興奮で肩をいからせていたピフラはすっかり萎んでしまう。けれど彼女の憂いをよそに、ガルムの口の端は上向いた。そして赤い瞳が夜の灯りよりも熱く、強く輝く。

「これからよろしくお願いします。姉上」

 そう言って、ガルムは眩しい物を見るように赤い瞳を細めるのだった。