「え!? どこどこ!?」
「ここです。右目の方」
「わっ本当だ。この赤い目が好きなのに……」
 ピフラはガクッと肩を落とした。
 先々代からあるこのぬいぐるみは、見た目よりも年季が入っているのでこうなるのも時間の問題だっただろう。しかも就寝時には、両親が必ずピフラに古いぬいぐるみを抱かせたのでただでさえ壊れやすい環境だった。
(むしろ、よくここまで保ってくれたわね)
 母の遺品が壊れたことに嘆息すると、ガルムが構わず食ってかかった。

「……赤目が好き? 冗談も大概にしてください」 
 苛立ちが滲むうなり声。
 バッ!と、ピフラが顔を上げると、ガルムは器用に片眉を上げて眼光を鋭くしていた。そして赤瞳は滲むようにじわじわと明度を落とし、不快感を露わにしていく。

「昔、イヴィテュール帝国に悪魔に忠誠を誓う魔法士達がいたことは、知ってますよね?」
「ええ、聞いたことがある。黒魔法士(くろまほうし)よね」
「奴らは魔力増大のために悪魔と契約を結び、生贄を捧げました。赤目は生贄の血の色だと、赤目は禁忌を犯した黒魔法士であると言いがかりをつけられて、つい200年前まで駆除対象だったんです。その忌み色が好きだなんて……バカにしているとしか思えません」
「駆除ですって!? だって、赤い目は遺伝変異的なもので、凶事に起因するものではないわ。この学説だって200年程前に発表されたはずなのに……!」
「恐怖の前では学問なんて無意味ですから。この国でも祝い事に赤色は忌避されているんですよね? つまり、そういう事です」
「そんな……」

 ピフラの胸が激しく痛んだ。
 ガルムを見やれば、ぬいぐるみの腹を柔らかく揉んでいる。赤い瞳は灯火の下で潤むように光っていた。
(そっか。「ピフラ」に会う前から心に闇を抱えていたのね……)
 するとゲームの回想シーンを唐突に思い出した。
 
 ガルムの親類縁者に赤目は1人もおらず、生後まもなく孤児院へ送られた。
 しかし、生来の赤目のせいで孤児院でも、養子先のエリューズ公爵家でも、義姉に赤目賎民(あかめせんみん)と差別される。
 人生の殆どを誹られてきたガルムだったが、1人だけ「赤目が好き」と彼を肯定する者がいた。 
 それこそがヒロインで、ガルムは彼女に傾倒し盲愛するようになるのだった──。

(それほど嬉しかったのよね。でもヒロインと出会うまでに何年もかかるし、それまで病み続けるなんてダメよ。わたしにはガルムの心を健全にする使命があるんだから)
 ──集まれ、シナプス達! ピフラは脳に司令を出した。一点を見つめて動かなくなったピフラに、ガルムは眉を寄せる。
 それからしばらくの沈黙の後、ピフラはガルムの側にずいっと詰めて座り直した。
 薄紫色の瞳が眼光鋭くガルムを射抜く。その眼力は獣が獲物を見つけた目に等しく、ガルムは小動物のように小さく震えた。
 ピフラは慎重に口を開いた。

「厳密にはね、赤い目ではなく赤色が好きなの」
「……はい?」