お茶に誘ったピフラはガルムと共に私室にいた。
 私室はプライベートそのものだ。自身の趣味趣向が詰め込まれたそこは、深層心理と欲望の化身ともいえる。
 そういう理屈で、私室の公開は自己開示と同義だとピフラは考えガルムをここへ連れてきた。
(誰かと仲良くなるためには、まず自分を曝け出さなくちゃね)
 ちなみに、予定では今頃ガルムととっくに打ち解け、談笑している──はずだった。

「その、お父さまがごめんなさい。急に連れて来られて……嫌だったわよね?」
「いえ、貴族に買ってもらうのが孤児の幸せなので」
「……あ……」
 自ら振ったデリケートな質問にピフラは後悔した。
 ガルムの声が部屋の静寂に溶け、当然のように沈黙が流れる。ここに来てからずっとその繰り返しだ。
 なにせこれまでの人生が「貴族」と「孤児」で大きな隔たりがある。ガルムに至っては「誕生日プレゼント」扱いでここへ連れて来られたのだし生い立ちの差は歴然だ。簡単に打ち解けられるものではない。

 2人はアール・デコ装飾の白いソファに横並びに腰掛けた。
 一説によると、真正面で向き合う会話は対立姿勢として認識されるらしい。ゆえに協調姿勢を示すため、ピフラはガルムの横に座ったのだが、しかし互いの表情が見えないためこれはこれで失敗したとピフラは後悔していた。
 物理的な距離はおよそ50cm。けれどソファの両端に貼り付いている2人は、心理的距離が圧倒的に遠い。
 ガルムを見やれば心底居心地が悪そうで、筋張る手で指遊びして所在なく視線を泳がせていた。しかし、ある場所で彷徨う視点が定まった。
 枕に依れる古い犬のぬいぐるみである。

「あれが気に入った?」
「え? ああ、まぁ……」
「わたしも! わたしも大好きなぬいぐるみなの! 亡くなったお母さまにもらった物なんだけどね?」
(やっと会話の糸口を見つけたわー!)

 ピフラは嬉々としてぬいぐるみを抱き上げた。
 黒み帯びた金毛と赤い目のぬいぐるみは触れると埃くさい、亡き母の遺品である。ピフラはそっとガルムに手渡した。
 30cm弱の大きさだが彼が持つと若干小さく見える。
 ガルムは古びたぬいぐるみを、意外にも慎重に扱った。まるで身体検査でもするようにぬいぐるみを回し見て、それからピフラを横目で見た。

「......ヒビが入ってますね」