春の陽光が降り注ぐ、穏やかな昼下がり。
窓辺に設えられたソファに身を預け、ピフラは静かにページをめくった。
日のもとで匂い立つ紙の香りと、爽やかな風。
──ようやく訪れた憩いの時間である。
だがそこへ、低い声が切り込んだ。
「ごきげんよう。レディ」
足音もなく突然うなじを触れられて、ピフラの心臓が大きく跳ねた。膝の上で滑った本を咄嗟に押さえ、顔を上げる。
隣に腰を下ろした美丈夫は、エリューズ家の看板令息。
──義理の弟、ガルム・エリューズだ。
彼は黒髪と赤い瞳を蕩かせて、うっとりしている。
いつもながら″昼″にそぐわない、艶めかしい男だ。そんなことを漠然と考えながら、ピフラはガルムを一瞥した。
「その《《他人ごっこ》》、いつまで続けるつもり?」
険のある声は、しかし美しい笑顔に弾き返される。
ガルムは夜の気配を深くした。
「そうですね、姉上が俺を男として見てくれるまで……ずっと?」
「っ!」非難する間もなく視界が反転した。
温い座面が、ピフラの背中を受け止める。
すぐに起きあがろうとしたが、見えない何かに全身を縛られていた。
──束縛魔法だ! ピフラは息を詰めた。
気づいたところで抗えない。その事実だけが、背筋を冷やす。緊張で喉を上下させると、ガルムはそれを熟視した。
黒髪が帷のようにピフラの顔に落ち、赤い瞳が迫り来る。ソファに投げ出された手首は、ガルムの手に囚われる。──焼けそうに熱い。
互いの吐息が交わると、ピフラは咄嗟に顔を背けた。すると、
「認めてくれないなら、力尽くでも分からせますよ」
まるで狙いを定めたように、指先が首筋に添えられた。圧迫された部分から、自分の脈動が伝わってくる。
──強くて、速い。
ガルムは喜悦の眉を開き、頬を赤らめる。
彼の熱が伝わって来て、ピフラは息を飲んだ。
──そう、この熱。
この熱に自分は殺される運命だった。
それなのに、どうして今も生きているのか。
どうして、こんなに執着されているのか。
すべては、ピフラが十四歳の誕生日を迎えた、あの日から始まった。



