一体だれが、クリスマスは大事な人と過ごしましょうって言いだしたんだろう。

キラキラときらめくイルミネーション。
鼻先や頬を寒さで赤らめた人たちが、どこかふわふわとした足取りで光の中を進んでいく。
白く吐き出した息さえこぼさぬよう、わたしはホットココアが入った紙コップを口元にあてがった。

「寒いかい?」

それに気づいた恋人が、小首をかしげる。

「寒いけど、そのおかげでココアがあったかいよ」

そう返すと、彼は「ほぅほぅ、花室(はなむろ)さんは思考の転換がうまい」と赤くなった鼻先をこする。

わたしの恋人である原田(はらだ)くん。
アニメをこよなく愛し、アニメオタクであることに誇りを持ち、自分の信じるものだけを貫く原田くん。
最初は苦手だと思っていた原田くん。
だけど彼のまっすぐさや不器用さにわたしは何度も支えられ、そして救われた。
気付けばそんな原田くんは、わたしにとって唯一無二の世界で一番愛おしい存在になっていた。

そんな彼は、自称アンチ・クリスマスである。
原田くんは世の中のイベントなどを斜に構えて見るところがあり、特にハロウィンやクリスマスなど海外から入ってきたものに対しては冷めた視線を送ることが多い。
だけど実際には、ハロウィンの日にはかぼちゃ色のオレンジパーカーに緑色のズボンを合わせていたし、デートの帰り際に「今日はそういう日なんだろう?」とか言いながらお菓子の詰め合わせをくれたりもした。
本当はたぶん、仮装にも興味があるんだと思う。「そういうのはコミケでやるものだろう。俺はやらないが」とか言ってたけど。

つまり、十二月二十五日である今日だって「どこもかしこも人混みがすごいな。クリスチャンでもないくせに、クリスマスに浮かれるなんて愚かだ」とか難しい顔をして言っているけど、それだけが本心じゃないってことは確かで。
さっき、黒いダウンの襟ぐりから赤と緑のニットがちらりと見えたし、リュックにつけているキーホルダーはトナカイのものになっているし、さっきからやたらと「ほぅほぅ」とか言っているのはサンタさんの「HO-HO-」をオマージュしてるんだと思うし。
そういうところが、たまらなく愛おしい。
もちろん、口に出して言ったりはしないけれど。

「そういえば、花室さんは肉料理だと何が好き?」
「お肉料理? うーん、ハンバーグかなぁ」
「ほぅほぅ。でもやっぱり、鶏肉がいいんじゃないかな。一般的には」
「なあに、一般的って」
「いやほら、健康にもいいし。チキンという響きもいい。そういえば今日はチキンを食べたいような気分かもしれない」
「……原田くん、すごいクリスマスしてるじゃん」
「いや別にそういうわけではないが」
「わたしはクリスマスっぽいことを原田くんとできて楽しいよ」
「俺は花室さんが一緒ならなんでもいい」

迷いなくそう言う原田くんに、きゅっと胸の奥が音をたてる。
ずるいんだよなあ、こういうところが。

ふたりでかわいらしいリースや置物が並ぶマーケットを見ていると、少し先に広場があるのに気付いた。
大きなホワイトのクリスマスツリーが、まるいスケートリンクの中央に立っている。

「わあ……!」
「花室さん、スケートしてみたいって言ってたから。クリスマスといえばスケートだろ」

驚いて原田くんを見ると、彼はストレッチするように肩を回している。

実は今日、クリスマスマーケットに行かないかと提案してくれたのは原田くんだった。
まさか、前に話したことを覚えていて、ここを調べてくれていたなんて。

レンタルしたスケート靴に履き替えたわたしたちは、恐る恐るリンクへと出る。
磨かれた氷上に、クリスマスツリーのライトが反射してとても幻想的。
他のお客さんたちが滑る、シャッという音も気持ちがいいい。
だけどわたし自身、スケートなんて小学生の頃に一度やったことがあるくらい。
へっぴり腰になりながら、想像以上の足元の滑り具合に手すりから離れられない。
前に話したとき、原田くんはスケートをしたことは一度もないと言っていたけど、大丈夫なのかな。

するとわたしの横から、原田くんが軽やかにリンクへと飛び出していった。

「えっ……⁉」

彼は滑らかに氷上をすーっと滑っていき、人のいない開けた空間に出ると踵部分のエッジをきかせ、くるっとその場で半回転し見事に着氷してみせた。

「ええっ⁉」

その場にいた多くの人たちが「おおっ!」と言いつつ拍手をする。
いやだって、こんなクリスマスマーケットの中央にあるスケートリンクでジャンプする人なんて見たことない。
っていうか、原田くんスケート未経験って言ってなかった⁉

彼はなんてことのない顔をしながらこちらへ戻ってくると、わたしの前でシャッと停止する。
またちらりと、襟元からクリスマスカラーのニットが見え隠れした。

「原田くん、スケートやったことないって前に……」
「まあ、ちょっとスクールに通ったんだ。花室さんにかっこ悪いところは見せられないからね」

そう言いながら、鼻先をまたこする原田くん。
吐き出す白い息に、愛おしさがまたひとつ重なっていく。

「本当は一回転ジャンプを披露したかったんだけど。やはりフィギュアの世界も厳しいな」
「原田くんすごいよ! ちょっと習っただけであんなにかっこよく滑れるなんて!」
「花室さんは大げさだ」
「そんなことないよ、わたしなんてへっぴり腰で動けないもん」

わたしがそう言うと、彼はふっと笑ってわたしの両手を優しく包む。
それからぎゅっと、力強く握ってくれる。

「少しでも俺ができれば、こうやって手を繋いで滑れるだろ」

手袋を通しても伝わってくる、原田くんの優しさとわたしに向けられた愛おしさ。
本当に、わたしはなんて幸せなんだろう。

「原田くん」
「なんだい」
「スケート滑ったら、ツリーと一緒に写真撮ろうよ」
「花室さんがしたいなら構わないけど」
「そのときは、コート脱いで撮らない?」
「な、なんでさ」
「わたしも今日ね、緑と赤のニットなんだ」

彼の両手をぎゅっと握り返し、つま先で氷を蹴った。