友人の四ツ谷武尊が突然消息を絶った。
連絡がとれなくなってから、もう2週間が経過しようとしている。これまで、私が運営するブログで一緒に記事を書いていたので、毎日のように連絡を取っていた。基本的に四ツ谷はレスポンスが早い男なので、何かが起きているとしか考えられない。

心配になった私は、四ツ谷が勤めている出版社に問い合わせを入れてみた。すぐに彼の上司が対応してくれたが、会社も無断欠勤を続けているらしい。こんなことはかつてなかったらしく、上司も酷く心配している様子だった。

すぐさま会社からご両親に連絡を入れてもらうも、実家に帰っているわけでもなく、やはり手がかりは見つからなかった。

絶対におかしい。
不測の事態を確信した私は、ご両親とともに警察に四ツ谷武尊の失踪届を提出することにした。
が、無事に失踪届は受理されたものの、事件性がないと具体的な捜査には移ることができないとのこと。年間9万人もの失踪届が提出されるということだ。それも仕方がないことだろう。

ただ、このまま家で待っていることなど、到底できない。
私は、独自の捜索を始めることにした。

まず、ご両親の許可を得て、私は四ツ谷のマンションへ向かった。両親と疎遠かと思っていたが、合鍵を渡しているとは意外だ。
少々後ろめたい気持ちを抱えながら、私は四ツ谷の部屋へと足を踏み入れた。

ーー荒れている。

そこかしこに書籍や資料のコピーなどが散乱していた。が、読書好きの彼の部屋にとって、この状態が異常なのかは分からない。

ふと、デスクの上に置かれている古びた封筒が目に入った。

それが、ここまで公開してきた「K島発祥の「瘡ビゑん信仰」に関する蒐集資料」という資料群である。

すぐに、我々が行っていた四ツ谷家の先祖調査の追加資料であることを悟った。几帳面な四ツ谷は、自身のSNS投稿から私とのメッセージの記録にいたるまで、すべての関連資料をファイルにまとめていたようだ。

資料を読み解くと、なんと驚くべきことに、彼のひいひいおじいさんが残忍な殺人犯だったことが判明した。信じられない。

さらに驚くべきことに、四ツ谷は自身の祖父から数々の嫌がらせ行為を受けていたようだ。封筒のなかには、怪文書のような気持ちの悪い手紙が入っていた。少なくとも、以前に四ツ谷が言っていた奇妙な出来事の一部は、彼の祖父による犯行だったのだ。
恐らく、四ツ谷の祖父は、彼の先祖調査を辞めさせようと思っていたのだろう。四ツ谷家が残忍な殺人鬼の子孫であることを、子々孫々まで伝えたくなかったのだろう。ところが、好奇心が強い四ツ谷は気にせずに調査をすすめてしまい、最悪の結論にたどり着いてしまった。
少なくとも、相談を受けた段階で私がもっと真剣に対応していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

想像するに、自分の身体に殺人鬼の血が流れていることを知った四ツ谷は、自暴自棄になってしまい、姿をくらましたのだろう。私が先祖調査の手伝いさえしなければ……。

四ツ谷、お前に殺人鬼の血が流れているからといって、お前の存在価値はなんら疑われるものではない。お願いだから、私が最初に書いた「夢中になれて教養が身につく! ファミリーヒストリー入門」の記事を読み返してくれないか。

私たちは誰もが殺人鬼の子孫たちなんだ。だったらなんだと言うのだ。
私は、いつまでも四ツ谷の帰りを待っている。

念のためすべての部屋を調べようと思い、台所に移動した私は思わず絶句した。

シンクがめちゃくちゃになっているのだ。
数センチほどの剛毛や、汚らしい体液があちこちに散らばっている。海苔の佃煮が腐敗したかのような磯臭い激臭が漂っている。
私はすぐにこの汚物の正体を悟った。これは間違いなく、海毛虫の残骸である。信じられないことであるが、四ツ谷はこの台所で海毛虫を食べていたみたいなのだ。海毛虫は毒虫だ。触ることはおろか、口にしてよいはずがない。

ああ、これで四ツ谷が普通の状態でいる可能性はなくなった。
信じがたいことだが、四ツ谷は宣教師や弾左衛門が口にしていた「そうびえん」という言葉には、人の心をむしばむ力があるとの結論に至っていたようだ。そんな非科学的なことがあり得るのか。

こんなことを誰に相談すれば良いのだろうか。警察に海毛虫の話をするのか? 
まともに聞いてもらえはしないだろう。探偵でも雇って行方を探すか? それも同じ結果か……。

とにかく、情報を集めるため、四ツ谷が蒐集していた資料を公開してみる。センシティブな内容も含まれているため、適宜仮名や伏字を用いることにした。

歴史学の史料調査では、「原秩序尊重」が重んじられる。発見された史料は、完璧に発見されたままの順番・姿で記録をするべきというルールだ。四ツ谷の蒐集資料も、時系列順にまとめられたものではなさそうだが、原秩序を尊重し、そのまま公開することにした。

とりとめもない資料集であるが、何かの手がかりになることを祈る。

四ツ谷が無事に発見されることを願って、このアカウントも四ツ谷の名前で公開しよう。


こんなことをしても自己満足に過ぎないだろうが。