筒井巧介『奇妙村落』(岩城書院、1950)
K島(Y県) 遠峰集落
島瀬湾に浮かぶK島は北前船の航路に位置するため、古くから人々の往来が盛んであった。各地の怪談話を収集していた小泉八雲が同地を訪れようとした際、氏は「本土から2時間以上もかかる離島には、きっと手つかずの土俗的文化が遺っているだろう」と期待を込めていたという。ところが、明治時代のK島は既に交易の拠点として栄えていたため、近代的な洋風建築すら軒を連ねており、八雲は大いに落胆したと伝えられている。
港町としてK島内で最大の人口を誇る遠峰集落には、かつて「ウミケムシ」という海洋生物を信仰する不可思議な土着信仰があった。ウミケムシはその名の通り、ケムシのような毛を纏った10センチほどの生物で、刺されると患部が腫れ上がってしまう。繁殖力が強いために、K島では子孫繁栄の象徴としてあがめられており、K島内の沿岸部にはウミケムシに見立てた「海庚さま」と呼ばれる細長い自然石が点在している。古くは満月の晩に村人が集まって「海庚さま」の前で一夜を過ごす「海庚講」という風習があった。一説によると、「海庚講」は宗教的な意味の与えられた«乱交»の場であったともされている。
遠峰集落にはもう一つ、興味深い風習が伝わっている。毎年正月、各家では祝膳により新年を祝う。しかし必ず、出席者の数よりも一つ多く膳が出されるのだ。その膳を折敷ごと、家長が天井に届くまで蹴飛ばし、ひっくり返す。これは「膳返の儀」と呼ばれ、船の漂着を願う儀式として、遠峰集落では古くから行われてきた。折敷を船に見立てて、それを転覆させる。今年も難破船があって、集落を潤す恵みが訪れますように、という願いである。遠峰集落では、漂着した船の荷物を掠奪したり、場合によっては乗船者の身包みを剥いで金品を入手する習慣が根付いていたのだ。交易でもたらされる富は、一部の特権階級によって独占された。貧しい日々を過ごす庶民たちの願望が、この不思議な風習に込められている。

K島(Y県) 遠峰集落
島瀬湾に浮かぶK島は北前船の航路に位置するため、古くから人々の往来が盛んであった。各地の怪談話を収集していた小泉八雲が同地を訪れようとした際、氏は「本土から2時間以上もかかる離島には、きっと手つかずの土俗的文化が遺っているだろう」と期待を込めていたという。ところが、明治時代のK島は既に交易の拠点として栄えていたため、近代的な洋風建築すら軒を連ねており、八雲は大いに落胆したと伝えられている。
港町としてK島内で最大の人口を誇る遠峰集落には、かつて「ウミケムシ」という海洋生物を信仰する不可思議な土着信仰があった。ウミケムシはその名の通り、ケムシのような毛を纏った10センチほどの生物で、刺されると患部が腫れ上がってしまう。繁殖力が強いために、K島では子孫繁栄の象徴としてあがめられており、K島内の沿岸部にはウミケムシに見立てた「海庚さま」と呼ばれる細長い自然石が点在している。古くは満月の晩に村人が集まって「海庚さま」の前で一夜を過ごす「海庚講」という風習があった。一説によると、「海庚講」は宗教的な意味の与えられた«乱交»の場であったともされている。
遠峰集落にはもう一つ、興味深い風習が伝わっている。毎年正月、各家では祝膳により新年を祝う。しかし必ず、出席者の数よりも一つ多く膳が出されるのだ。その膳を折敷ごと、家長が天井に届くまで蹴飛ばし、ひっくり返す。これは「膳返の儀」と呼ばれ、船の漂着を願う儀式として、遠峰集落では古くから行われてきた。折敷を船に見立てて、それを転覆させる。今年も難破船があって、集落を潤す恵みが訪れますように、という願いである。遠峰集落では、漂着した船の荷物を掠奪したり、場合によっては乗船者の身包みを剥いで金品を入手する習慣が根付いていたのだ。交易でもたらされる富は、一部の特権階級によって独占された。貧しい日々を過ごす庶民たちの願望が、この不思議な風習に込められている。

