W大学文学部史学科 三井歩ブログ『歴史家の散歩道』 Vol.33
非常勤講師・三井歩が新入生に歴史学の楽しさをレクチャー
「K島現地調査② 遠峰騒動について」
四ツ谷:島影がちょっとずつ近づいてきたような気がする。あと10分くらいだろう。
三井:それにしても遠いな……。当時、K島を離れるのは命がけだったんじゃないか。これだけ大きな船でもこのハードルだ。
四ツ谷:普通に暮らしていれば、好んで出ていこうとはならないかもしれない。なんで俺の先祖は、わざわざ島を出たんだろう。
三井:調べたんだが、K島では明治維新のころに「遠峰騒動」という政変が起きている。K島民3000人が、かつてK島を支配していたH藩の役所を包囲して、K島から追い出したらしい。四ツ谷家が、なんらかの形でこの事件と関わっている可能性はなくはないかもね。時期が違うから、島を出た直接の理由ではないと思うが。
四ツ谷:遠峰騒動については調べてきたよ。
どうやら島民も一枚岩ではなかったみたいで、H藩に内通していた「正義党」と反H藩側の「尊皇党」が反目しあっていたみたいだ。結果的に尊皇党が一時的にK島を制圧して、正義党の人間たちを「大奸」「中奸」「小奸」に分けて迫害したらしい。
衝突に負けた正義党の人たちが閉じ込められていた蔵が、島内に現存してるみたいだよ。真冬にほとんど裸で収容されたらしく、蔵の中は地獄の様相だったそうだ。糞尿も垂れ流しの劣悪な環境のせいで、多くの人が凍死した。苦し紛れに壁をひっかいたみたいで、パラパラと削られた土壁が残っている。必死でひっかいたからか、遺体のいくつかには指の爪が残っていなかったらしい。
三井:凄まじい事件だな……。仮に追い出された役人の関係者だったとすれば、島を出たくなるのも納得だな。その場合、四ツ谷家にとってK島は、二度と足を踏み入れたくない場所だろうな。
四ツ谷:K島から追放された過去がある役人の一族か。歓迎どころか、石を投げられるかもしれないぞ……(笑)
三井:誰も港を出た船をとめることはできない。さあ、いよいよ接岸だ。
四ツ谷:長旅だったな。せっかくだから、まずは港を散策してみようか。
三井:おい、ちょっとこっち来てみろ。
四ツ谷:うわ、なんだこれ……。
毛虫みたいな生き物が海面を泳いでる。しかもすごい数だ。10や20じゃきかないぞ。体毛が蠕動してて、気味が悪いな。
三井:分かった。これ、海毛虫だよ。釣り系のYou Tubeで見たことがある。おかしいな。たしか夏の生き物らしいんだが。
四ツ谷:なんだか不吉な光景だ。
三井:気を取り直そう。現地調査で行くべきは、寺社仏閣だ。関係なさそうに見えても、とにかく足を運ぶ。奉納された灯篭や手水鉢に先祖の名前が出てくるかもしれない。
四ツ谷:お参りして身も心も清めたい気分だ。一番近いのは、M大社の分院みたいだね。
三井:さっそく行ってみよう。
四ツ谷:おい、四ツ谷家の家紋と似た神紋がある。たまたまなのかな。
三井:いや、偶然ではないかもしれない。大きい神社があると、周辺の地域じゃ神紋と同系統の家紋が増える。恐れ多いから、まったく同じにすることは少ないみたいだけど。
四ツ谷:じゃあ、本土からやってきた可能性があるのか。
三井:可能性くらいはね。せっかくだから、神に帰還をお知らせしよう。
四ツ谷:こっちには遠峰騒動で死んだ人たちの慰霊碑がある! 四ツ谷姓は……いない。
三井:ああ、それは本当に良かった。また可能性がひとつ消えたな。四ツ谷の先祖は、遠峰騒動では死んでいない。
四ツ谷:それにしても、これだけたくさんの人が犠牲になったんだな。この人は外国人か。この時代にも、K島に外国人がいたんだな。うわ、尊皇党に拷問されて、竹製の鋸で左腕を切り落とされたらしい。
三井:惨たらしいな。苦痛を長引かせるための方法だ。おそらくこの時代の外国人とすれば、技術者か宣教師だろう。
四ツ谷:でも、振出しに戻ったな。なぜ俺の一族は島を出たのか。
三井:島中を調べたらきっと分かるさ。この神社の収穫はこれくらいだな。
つぎはいよいよ、四ツ谷家の本籍地にむかおう。果たして、いまでも四ツ谷家があるのかどうか……。
非常勤講師・三井歩が新入生に歴史学の楽しさをレクチャー
「K島現地調査② 遠峰騒動について」
四ツ谷:島影がちょっとずつ近づいてきたような気がする。あと10分くらいだろう。
三井:それにしても遠いな……。当時、K島を離れるのは命がけだったんじゃないか。これだけ大きな船でもこのハードルだ。
四ツ谷:普通に暮らしていれば、好んで出ていこうとはならないかもしれない。なんで俺の先祖は、わざわざ島を出たんだろう。
三井:調べたんだが、K島では明治維新のころに「遠峰騒動」という政変が起きている。K島民3000人が、かつてK島を支配していたH藩の役所を包囲して、K島から追い出したらしい。四ツ谷家が、なんらかの形でこの事件と関わっている可能性はなくはないかもね。時期が違うから、島を出た直接の理由ではないと思うが。
四ツ谷:遠峰騒動については調べてきたよ。
どうやら島民も一枚岩ではなかったみたいで、H藩に内通していた「正義党」と反H藩側の「尊皇党」が反目しあっていたみたいだ。結果的に尊皇党が一時的にK島を制圧して、正義党の人間たちを「大奸」「中奸」「小奸」に分けて迫害したらしい。
衝突に負けた正義党の人たちが閉じ込められていた蔵が、島内に現存してるみたいだよ。真冬にほとんど裸で収容されたらしく、蔵の中は地獄の様相だったそうだ。糞尿も垂れ流しの劣悪な環境のせいで、多くの人が凍死した。苦し紛れに壁をひっかいたみたいで、パラパラと削られた土壁が残っている。必死でひっかいたからか、遺体のいくつかには指の爪が残っていなかったらしい。
三井:凄まじい事件だな……。仮に追い出された役人の関係者だったとすれば、島を出たくなるのも納得だな。その場合、四ツ谷家にとってK島は、二度と足を踏み入れたくない場所だろうな。
四ツ谷:K島から追放された過去がある役人の一族か。歓迎どころか、石を投げられるかもしれないぞ……(笑)
三井:誰も港を出た船をとめることはできない。さあ、いよいよ接岸だ。
四ツ谷:長旅だったな。せっかくだから、まずは港を散策してみようか。
三井:おい、ちょっとこっち来てみろ。
四ツ谷:うわ、なんだこれ……。
毛虫みたいな生き物が海面を泳いでる。しかもすごい数だ。10や20じゃきかないぞ。体毛が蠕動してて、気味が悪いな。
三井:分かった。これ、海毛虫だよ。釣り系のYou Tubeで見たことがある。おかしいな。たしか夏の生き物らしいんだが。
四ツ谷:なんだか不吉な光景だ。
三井:気を取り直そう。現地調査で行くべきは、寺社仏閣だ。関係なさそうに見えても、とにかく足を運ぶ。奉納された灯篭や手水鉢に先祖の名前が出てくるかもしれない。
四ツ谷:お参りして身も心も清めたい気分だ。一番近いのは、M大社の分院みたいだね。
三井:さっそく行ってみよう。
四ツ谷:おい、四ツ谷家の家紋と似た神紋がある。たまたまなのかな。
三井:いや、偶然ではないかもしれない。大きい神社があると、周辺の地域じゃ神紋と同系統の家紋が増える。恐れ多いから、まったく同じにすることは少ないみたいだけど。
四ツ谷:じゃあ、本土からやってきた可能性があるのか。
三井:可能性くらいはね。せっかくだから、神に帰還をお知らせしよう。
四ツ谷:こっちには遠峰騒動で死んだ人たちの慰霊碑がある! 四ツ谷姓は……いない。
三井:ああ、それは本当に良かった。また可能性がひとつ消えたな。四ツ谷の先祖は、遠峰騒動では死んでいない。
四ツ谷:それにしても、これだけたくさんの人が犠牲になったんだな。この人は外国人か。この時代にも、K島に外国人がいたんだな。うわ、尊皇党に拷問されて、竹製の鋸で左腕を切り落とされたらしい。
三井:惨たらしいな。苦痛を長引かせるための方法だ。おそらくこの時代の外国人とすれば、技術者か宣教師だろう。
四ツ谷:でも、振出しに戻ったな。なぜ俺の一族は島を出たのか。
三井:島中を調べたらきっと分かるさ。この神社の収穫はこれくらいだな。
つぎはいよいよ、四ツ谷家の本籍地にむかおう。果たして、いまでも四ツ谷家があるのかどうか……。