帰宅すると、家の前で千隼が女の子とキスをしていた。思わず目を背けたくなるような全然可愛くないキス。どうすることもできずに突っ立っていると、気づいた女の子が小さく悲鳴をあげて逃げるように立ち去っていった。
「おかえり」
千隼が何もなかったように言う。
「家の前でやめなよ」
「夕璃だって一颯としてたじゃん」
子どもみたいに言い返され、苛立ちが募る。
「誰にでもするんだ」
思わず口からこぼれた。これじゃまるで千隼が私以外の女の子とキスをしていたのが気に入らないみたいな言い方だ。ゲームの電源を入れていた千隼が静かにこちらに目を向ける。
あの日のことが脳裏を明滅する。宙を飛んだ銀色の環、耳に光るピアス、心を奪った唇。荒野みたいに静かだったふたりだけの秘密の夜。
「怒ってるの?」
感情の揺らぎがない眼差しで問われる。千隼にとってキスなんてそこに甘いお菓子があったらつまむのと同じくらい軽い感覚でするものなのだろう。私は返す言葉を失くして自分の部屋に逃げた。