窓の外を見ていたら眼下を千隼が通り抜けていった。校門をくぐる背中を見送りながら溜息がこぼれる。


最近、千隼に避けられている気がする。夕飯は一緒に食べるし、会話もする。でも、リビングで一緒に宿題をしたりテレビを観たりしなくなった。朝も1人で早くに家を出て行ってしまう。シャツだの寝癖だので私を頼ることもなくなった。


一颯とは仲直りしたみたいだ。これでいい。これがきっと正解なんだ。



「おい」



ハッとして見ると、一颯が怪訝な顔で私を見ていた。またぼうっとしていたらしい。一颯のお母さんが作ってくれたカルピスのグラスは汗をかいてノートを濡らしている。



「あのさ」
「ね、ゲームしよ」
「夕璃」
「練習したから結構上手くなってるはず」
「千隼と何があった?」



私はテレビゲーム機の電源をつけながら一颯に背中を向けて固まった。



「千隼はあからさまに夕璃のこと避けてるし、お前はずっとうわの空だし」
「そんなことないよ」



笑いながらコントローラーを渡すけれど、一颯は見向きもせずに私をまっすぐに見据える。私は視線を逸らし、乾いた口内にカルピスを一口含んだ。氷が溶けたせいでひどく薄い。



「千隼のこと好き?」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
「⋯、家族として好きだよ」
「当たり前だろ。それ以外に何があんだよ」



一颯が薄く笑ってゲームのスタート画面をカチャカチャと連打する。部屋には足先から頭まで重い空気が満ちていて、かつて私が感じていた居心地の良さは欠片もない。肺が縮んでしまったみたいに息をするのさえ苦しい。


一颯なら理解してくれると心のどこかで思っていたのかもしれない。自分は一颯の気持ちと正面から向き合うことを避けているくせに。



「千隼はいいヤツだよ。一緒にいて楽しい。でも、夕璃に何かしたら絶対許さない」
「⋯」
「俺と一緒にいよう。な?」



静かに涙がこぼれる。慌てて拭おうとするのを遮られ、優しすぎる口づけと一緒に押し倒される。


だけど、私はあの銀色の環を操っていた指に焦がれる。例えば、目を閉じて3秒数える。次の瞬間には全部壊れていて、建物も人も消えた暗い荒野の真ん中に千隼だけが立っていたらいい。