ドアを開けたら、ちょうど千隼が階段を降りてきた。



「おかえり」
「ただいま」



濡れた靴下を脱いで洗濯機に放り込んだら千隼の靴下も入ってた。この前の雨の日、部屋に散乱した千隼の足跡を2人で拭いて回ったのを思い出してふっと頬が緩んだ。


夕飯の支度をしようと冷蔵庫を開けたら何もなかった。今から買い物に行こうにもまた雨に濡れるのは億劫だったので宅配ピザを頼んだ。お母さんたちは仕事で遅いから夕飯はいつも2人で食べる。


少し前までは1人で済ませるのが当たり前だったけれど、今は千隼がいるから寂しくない。「美味しいね」と笑顔を向けてくれる千隼がいて良かったなと心から思う。


食器を洗っていたら千隼が隣に立った。何か用があるのかと思ったら黙って私の手元を見ているだけ。しばらくして、濡れたお皿を拭きながらぽつりと呟いた。



「今日、一颯と喧嘩した」
「え?」
「喧嘩ってほどでもないけど。夕璃と暮らせて羨ましいみたいなこと言うから、」



千隼が言葉を切る。顔を覗き込んだら黒い瞳が私を捕らえた。



「なんで一颯と付き合ったの?」



脈絡なく尋ねられ、返す言葉をなくした。まっすぐな千隼の瞳はなぜか私を責めているように見えた。まるで尋問室で取り調べを受ける犯人みたいな気持ちになる。


だけど、私だって聞きたかった。あのキスって何だったの?と。だけど、たぶんあれは、家族という枠に押し込められた反動というか、形のない神やこの世界への抵抗みたいなもので。私は勝手にそれに付き合わされているだけ。



「一颯のこと好きなの?」
「なんでそんなこと聞くの」
「そうだな」



千隼が視線を逸らして私を解放する。



「一颯って意外と嫉妬深いんだね」
「え?」
「風呂沸かしておいたよ」



千隼は何もなかったみたいにテレビゲームに戻る。入浴剤の香りがする脱衣所で服を脱ぎながら、ふと鏡を見た私は絶句した。首筋に一颯の付けた痕が鮮やかに浮いていた。見透かすような千隼の瞳を思い出し、背中が冷たくなる。