雨が降っていた。鞄から折り畳み傘を取り出そうとしたら一颯に手を引かれて一緒の傘の中に入れられた。右手に指が絡む。
2ヶ月前、一颯に告白された。突然だった。幼稚園の頃から一緒で、家族に近い存在だと認識していたのでびっくりした。一方で、モテる一颯に彼女ができなかったり、友達が私のことを鈍感だと言ったりしていたのはそういうことだったのかと頭の片隅で納得した。
「塾サボろっかな」
傘の中で一颯が呟く。見上げた横顔は曇天のせいか暗い表情に見えた。
「昨日、夕璃が食べたいって言ってた新作のドーナツ、今から食いに行く?」
「今度でいいよ」
「売り切れるかもしれないのに?」
「はは、どんだけ塾嫌なの」
一颯は何か言いたそうに私を見て、でも何も言わずに逸らした。付き合う前は言いたいことは互いにすぐに口にした。何も考えずにひたすら喋って騒いで、だからしょっちゅう喧嘩もした。それが今はなんかふわふわしていて、一颯が何を考えているのか分からない。
傘を叩く雨音がうるさい。千隼は傘がなくて困っていないだろうか。
「じゃ、塾がんば」
家の前で手を解いたら腕を引かれて抱き締められた。傾いた傘から滑り落ちた雫が頬に跳ねた。
「夕璃」
「ん?」
「俺のこと好き?」
「うん」
胸板に頬をつけながら雨の棘が立つアスファルトを眺めていた。一颯が首筋に鼻をうずめるのが擽ったくて離れようとしたら肌を吸われる感覚がする。
胸を押し返したら傷ついたように目の前の瞳が揺れる。それから私が何かを言うのを恐れるみたいに唇を押し付けられる。私はそっと目を閉じて、あの春の夜、初めて唇に触れた温もりを思い出す。