正解が欲しい。
例えば、瞼に乗せるラメの入れ方。
例えば、お弁当に入れる品数。
例えば、血の繋がらない弟との距離感。
「夕璃!俺のシャツ知らない?」
ドタドタと階段を降りてくる音がしたかと思えば、千隼が洗面所に顔を出す。裸の上半身が目に飛び込み、私は「リビング」と簡潔に答えて目を逸らす。
顔を洗い終えてリビングに戻ると、千隼は呑気にソファで朝のニュース番組を眺めていた。まだ眠いのか大きな欠伸をしている。
「千隼、もたもたしてたらまた遅刻するってば」
「え?うわ、やべ」
「あと、後ろにすごい寝癖ついてる」
シャツのボタンを閉めながら洗面所に走っていく背中を見送る。千隼の朝はいつも騒がしい。目覚ましを何回も止めてギリギリで起きるからだ。
自分の身支度が終わった私は2人分のお弁当の用意に取り掛かる。昨日の夕飯の残りと追加でウインナーや卵焼きを焼くのがいつものパターンだ。不意に千隼が戻ってくる気配が背後ですると、右肩に顎が乗せられる。
「上手」
フライパンの上で巻かれる卵焼きに千隼が言う。掠れた声が耳朶を翻り、心臓がうるさくなる。
どう反応するのが正解なのだろう。分からないから姉弟のコミュニケーションの一種だと思うようにしている。もしかすると世間の姉弟たちもこのくらいの距離感なのかもしれない。私が変に意識しているだけで。
「夕璃、それ終わったら寝癖直して」
「また?」
「ダメ?」
上目で甘えるように見つめられたら断れない。小学生の時から二人暮らしをしていたお父さんとはほとんどすれ違いの生活だったと聞いてから私はつい千隼に世話を焼いてしまう。