竹原くんは本気で嫌がっているようだ。
「人狼ってそうなんじゃないの。よくわかんないけど、狼男的な」
坂口くんが会話に参加する。竹原くんと坂口くんには、緊張感がない。
「若月は? 誰が人狼だと思う?」
松本さんが気を取り直して尋ねてきた。わざわざ身を乗り出して、森脇さんと山本くんを通り越して私に話を振る意味がわからない。とはいえ、九人の視線が私に集まっている。応えないわけにはいかない。正面を向いたまま、私は口を開く。
「私は、上原くんが人狼だと思う」
真っ先に反応したのは坂口くんだった。
「はあ? なんでだよ」
かわいらしい顔を怒りにゆがめ、私を睨み付けている。坂口くんは、私と同じ中学出身だ。
「だって、上原くんが主導して、坂口くんと一緒になって、春香に嫌がらせしてたじゃない」
私の声も、坂口くんにつられたのか、怒気を含んでいた。
「いじめっ子だったの? 最低!」
松本さんが顔色を変える。そう言うあなたも、いじめっ子の気質があるんじゃないのと思ったが、口には出さなかった。
「ハルカさんって、咲久良の友達?」
美鈴の言葉に、私は頷いた。
「私の、親友だった」
九人のうち、三人が苦悶の表情を浮かべた。山本くんと坂口くん、そしてもう一人は、上原くんだ。当然だろう。彼らは私と同じで、人生が狂うほどの強烈な瞬間を目撃しているのだから。
「あんたさあ、自分は悪くないみたいな顔してるけど、加害者の一人だってことわかってる? 見て見ぬ振りも同罪なんだけど」
「てめえ! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」
いきなり大声を出した山本くんに、松本さんはびくりと体を震わせる。
「何よ。なんであんたが怒るのよ」
「私は悪くないなんて、思ったことない」
私は膝の上で拳を握り締める。木目がゆがんで見えた。そんなつもりもないのに、声が情けなく震えている。
「ニュースで言ってた中学生、第三中だったんだ」
野村さんの呟きが聞こえた。市内で起こった衝撃的な出来事を思い出したようだ。
「春香は……春香は……」
「若月! 言わなくていい!」
山本くんの悲愴な叫びが、私を後押しした。
「春香は、私の目の前で自殺したんだもの!」
春香が自殺した日、部活が休みだった私は、校舎を出て校門に向かって歩いていた。グラウンドでは、サッカー部が紅白戦をしているのが見えた。
私と同じように校門に向かっていた生徒が、校舎を見上げて騒いでいる。試合をしていたはずのサッカー部員たちも、一様に校舎を眺めている。
春香は、私の目の前に落ちてきた。文字通り落下したのだ。
瞬間、時間が止まった。春香のガラス玉の瞳に、私の呆けた顔が映っていた。春香と目が合った。春香は私を見ていた。春香の表情が変わっていく様子を、今でも鮮明に覚えている。春香は笑った。私を認めて、極上の笑みを浮かべたのだ。
転瞬の間に春香は地面にのめり込んでいた。いや、のめり込んではいない。綺麗だった顔が潰れて、辺りに血の海を作った。
通りすがりの女生徒がかん高い悲鳴を上げる。サッカー部の面々がグラウンドから駆けつけてきた。むせ返るような血の臭いに、誰もが顔をしかめた。
山本くんが、血に塗れた私の顔を見て、言葉を失った。
私は親友の死に際して、叫びもせず泣きもせず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
春香は四階の女子トイレの窓から飛び降りたのだと、後から聞かされた。彼女は、即死だったそうだ。
チャイムが鳴り響いている。私は我に返った。私のせいで、空気が凍り付いていた。松本さんでさえ、引き攣った表情を浮かべている。
『会議終了です。人狼だと思う人に投票してください』
ゲームマスターの声がチャイムに重なる。顔を伏せたまま、同級生たちが次々と誰かを指差していく。私は誰にも投票しなかった。
坂口くんの他に、誰かが私に投票している。私は弾かれたように顔を上げた。
私の正面に座った田城くんだった。田城くんは私を見詰めて、指先までぴんと伸ばしていた。田城健太郎くんの顔を、私は初めてまじまじと見詰めた。この人は私を殺そうとしている。私はそう直感した。
「嘘だろっ……純平!」
坂口くんが悲痛な面持ちで叫んでいた。私の右側で、山本くんが唇を噛み締めている。顔を上げた私は、坂口くんと田城くん以外の全員が、上原くんを指差しているのを目撃した。当の上原くんは、誰にも投票していなかった。
『投票の結果、上原純平が追放されることになりました。本日のプレイは終了となります。お疲れさまでした。人狼及び能力者の皆さまには、ログアウトまでに猶予が与えられます』
私は左隣に座る上原くんの端整な横顔を見詰めた。彼の顔には、なんの感情も浮かんでいなかった。何も主張せず、静かに目を閉じていた。
「人狼ってそうなんじゃないの。よくわかんないけど、狼男的な」
坂口くんが会話に参加する。竹原くんと坂口くんには、緊張感がない。
「若月は? 誰が人狼だと思う?」
松本さんが気を取り直して尋ねてきた。わざわざ身を乗り出して、森脇さんと山本くんを通り越して私に話を振る意味がわからない。とはいえ、九人の視線が私に集まっている。応えないわけにはいかない。正面を向いたまま、私は口を開く。
「私は、上原くんが人狼だと思う」
真っ先に反応したのは坂口くんだった。
「はあ? なんでだよ」
かわいらしい顔を怒りにゆがめ、私を睨み付けている。坂口くんは、私と同じ中学出身だ。
「だって、上原くんが主導して、坂口くんと一緒になって、春香に嫌がらせしてたじゃない」
私の声も、坂口くんにつられたのか、怒気を含んでいた。
「いじめっ子だったの? 最低!」
松本さんが顔色を変える。そう言うあなたも、いじめっ子の気質があるんじゃないのと思ったが、口には出さなかった。
「ハルカさんって、咲久良の友達?」
美鈴の言葉に、私は頷いた。
「私の、親友だった」
九人のうち、三人が苦悶の表情を浮かべた。山本くんと坂口くん、そしてもう一人は、上原くんだ。当然だろう。彼らは私と同じで、人生が狂うほどの強烈な瞬間を目撃しているのだから。
「あんたさあ、自分は悪くないみたいな顔してるけど、加害者の一人だってことわかってる? 見て見ぬ振りも同罪なんだけど」
「てめえ! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」
いきなり大声を出した山本くんに、松本さんはびくりと体を震わせる。
「何よ。なんであんたが怒るのよ」
「私は悪くないなんて、思ったことない」
私は膝の上で拳を握り締める。木目がゆがんで見えた。そんなつもりもないのに、声が情けなく震えている。
「ニュースで言ってた中学生、第三中だったんだ」
野村さんの呟きが聞こえた。市内で起こった衝撃的な出来事を思い出したようだ。
「春香は……春香は……」
「若月! 言わなくていい!」
山本くんの悲愴な叫びが、私を後押しした。
「春香は、私の目の前で自殺したんだもの!」
春香が自殺した日、部活が休みだった私は、校舎を出て校門に向かって歩いていた。グラウンドでは、サッカー部が紅白戦をしているのが見えた。
私と同じように校門に向かっていた生徒が、校舎を見上げて騒いでいる。試合をしていたはずのサッカー部員たちも、一様に校舎を眺めている。
春香は、私の目の前に落ちてきた。文字通り落下したのだ。
瞬間、時間が止まった。春香のガラス玉の瞳に、私の呆けた顔が映っていた。春香と目が合った。春香は私を見ていた。春香の表情が変わっていく様子を、今でも鮮明に覚えている。春香は笑った。私を認めて、極上の笑みを浮かべたのだ。
転瞬の間に春香は地面にのめり込んでいた。いや、のめり込んではいない。綺麗だった顔が潰れて、辺りに血の海を作った。
通りすがりの女生徒がかん高い悲鳴を上げる。サッカー部の面々がグラウンドから駆けつけてきた。むせ返るような血の臭いに、誰もが顔をしかめた。
山本くんが、血に塗れた私の顔を見て、言葉を失った。
私は親友の死に際して、叫びもせず泣きもせず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
春香は四階の女子トイレの窓から飛び降りたのだと、後から聞かされた。彼女は、即死だったそうだ。
チャイムが鳴り響いている。私は我に返った。私のせいで、空気が凍り付いていた。松本さんでさえ、引き攣った表情を浮かべている。
『会議終了です。人狼だと思う人に投票してください』
ゲームマスターの声がチャイムに重なる。顔を伏せたまま、同級生たちが次々と誰かを指差していく。私は誰にも投票しなかった。
坂口くんの他に、誰かが私に投票している。私は弾かれたように顔を上げた。
私の正面に座った田城くんだった。田城くんは私を見詰めて、指先までぴんと伸ばしていた。田城健太郎くんの顔を、私は初めてまじまじと見詰めた。この人は私を殺そうとしている。私はそう直感した。
「嘘だろっ……純平!」
坂口くんが悲痛な面持ちで叫んでいた。私の右側で、山本くんが唇を噛み締めている。顔を上げた私は、坂口くんと田城くん以外の全員が、上原くんを指差しているのを目撃した。当の上原くんは、誰にも投票していなかった。
『投票の結果、上原純平が追放されることになりました。本日のプレイは終了となります。お疲れさまでした。人狼及び能力者の皆さまには、ログアウトまでに猶予が与えられます』
私は左隣に座る上原くんの端整な横顔を見詰めた。彼の顔には、なんの感情も浮かんでいなかった。何も主張せず、静かに目を閉じていた。