「何これ? 夢にしてはリアルすぎない? 現実だとしたら、新手のドッキリとか?」
「一般人に大がかりなドッキリをしかけてどうするの。コスパが悪すぎるでしょ。誘拐のほうが現実的」
 すぐさま野村さんが否定する。
「誘拐? 親が医者な若月はともかく、公立高校に通ってるあたしらみたいなの誘拐しても、それこそコスパが悪いでしょ」
 松本さんも負けじと反論する。
「私たちに変なゲームさせて、愉しんでるんじゃない? どっかにカメラが仕込んであるとか」
「映画とか漫画とかで、よくあるやつやな。高校生がデスゲームさせられるやつ。そういうの好きなん?」
 スポーツ刈りで、春だというのに小麦色に日焼けしている竹原くんは、見るからに野球部といった感じだ。
「なあ、変だぞ」
 席を立っていた学級委員の鬼屋敷くんが、ドアの前で大声を出した。
「びくともしない。廊下側の窓も全滅だ」
「こっちも開きません」
 後ろのドアの前で、長身の田城くんが振り返る。
「変なのはそれだけじゃねえぞ」
 山本くんも席を立って、グラウンド側の窓に近付いた。
「何が変なんだ?」
 サッカー部の坂口くんが、山本くんの隣に並ぶ。坂口くんは大きな目を見開いて、アイドルなみに整った顔をゆがめた。
「真っ暗だ。灯りが、全然見えない」
 ぞろぞろと席を立って、窓の外に目を凝らす。墨をぶちまけたような漆黒の闇が広がっていた。
「こちらも開きませんね」
 田城くんが冷静に窓を確認している。
「開いたとしても、四階ですからどうにもなりませんけど」
「いくら田舎やからって、おかしいよな。普通やったら、街灯とか家の灯りが見えるはずやん」
 竹原くんは、無理やり平静を装っているように思えた。
 まるで私たちだけが、異空間に閉じ込められたみたいだ。ここにいる誰もがそう感じているに違いない。
 私は振り返って天井を見上げる。古めかしい蛍光灯が、この世界の唯一の光源のように感じられた。
「パラレルワールド」
 野村さんの声に、私たちは一斉に彼女を見た。
「パラレルワールドに召喚されたのかも」
 山本くんが強張った表情で時計を見上げる。
「五分切ってる。話し合ったほうがいい」
「話し合うって何を?」
 坂口くんは泣きそうになっている。
「人狼ゲーム」
 今まで黙っていた上原くんが、まっすぐに私を見据えていた。
「おい、からむんじゃねえよ」
 山本くんが間に入ろうとしたのを、私が止めた。
「やだあ! 面白い! 修羅場? 修羅場よねえ!」
 松本さんが瞳を輝かせる。
「ゲームマスターの言う通り、誰が人狼なのか話し合う必要があるんだよな。なあ、咲久良」
「そうだね。純平くん」
「きゃー! 二人とも名前呼びじゃん!」
 わくわく顔の松本さんを、美鈴が席まで連れて行ってくれた。
 私たちは自分の名前が置かれた席に戻った。
 黒板に背を向けて座る私には、振り返らない限り時計は見えない。
「話し合い言うたって、ノーヒントで何を話し合うん?」
 竹原くんのもっともな疑問に、松本さんがふざけた調子で応じる。
「山本が人狼なんじゃない? ボランチって、司令塔だって言ってたじゃん。なんか人狼っぽい」
「アホか。ほんならキャッチャーの人は全員人狼引き当てるんかい。そんなわけないやろ」
「アホ……」
 松本さんが不機嫌になった。どうでもいいことだが、ネイティブな関西人のツッコミを初めて体験した。
「竹原ってキャッチャーだっけ?」
 竹原くんの右側に座る坂口くんが訊いた。
「ワイはレフト」
「確率の問題よ。十人のうち、二人は人狼のカードを引いている。誰でも二十パーセントは、人狼の可能性があるってこと」
 野村さんは入試成績トップというだけあって、いつも冷静沈着だ。
「二割狼って、きしょいなあ。顔だけ狼ってこと?」