目覚めると同時に、ベッドから飛び出した。着替えもせず、寝間着のままドアを開けて通路に出る。外廊下から、山本くんがマンションの駐車場に立っているのが見えた。
 私は転びそうになりながら階段を駆け下り、山本くんのもとに急ぐ。駆け寄ってくれた山本くんに、平手打ちを食らわせた。
 走ってきたため、息が上がっている。肩で息をしながら、ゆがんだ視界の中央にいる山本くんから視線を逸らさなかった。
「若月」
 山本くんが驚いて目を見開いているのがわかった。アスファルトに水滴が落ちる。雨が降っているのではない。私が泣いているのだ。
 自分が泣いていることに、私は驚いていた。目の前に春香が落ちてきた時も、私は泣かなかったのに。
「どうして四日目の追放会議で、自分に入れていいなんて言ったのよ! 追放されてたかもしれないのに!」
 私は、しゃくり上げながら怒鳴っていた。
「弁明するつもりもないけど、言わせてくれ。あの時点で俺が追放されても、ゲームは終わってた。村人の勝利になるけど、若月がリセットされるかどうかはわからない。俺は、若月さえ生きていてくれたら、それでいいと思ったんだ」
 私は、自分の意志で涙を止めることができなかった。
 春香が死んだ時、私の中で何かが死んだ。心が凍り付いた私は、何も感じなくなった。
 顔の筋肉を動かすことは、私にはたやすかった。笑うことも泣くことも、私にとっては簡単だった。
 それなのに。
 芝居で流した涙とは違う。心の底から溢れ出した、本当の涙だ。
「若月」
 山本くんがおずおずと右手を差し出したが、すぐに引っ込めてしまった。私が触れられてもなんとも思わないと言ったから、触れることを躊躇しているのだ。
 私は声を上げて泣きながら、そんな山本くんの胸に飛び込んだ。山本くんは遠慮がちに、私の背中に腕を回してくれる。
「悪かった」
 山本くんが、私の耳元で囁いた。私は、すがり付く腕に力を込めた。
「もう二度と、自分を犠牲にしようとしないで。私の前から、いなくならないで」
 私は今になって、ようやく自分の気持ちに気付いたのだ。
「好き。私、山本くんが好き」
 山本くんの指先が小刻みに震えている。腕を緩めて顔を上げると、山本くんは、涙を流していた。
「嬉しい。嬉しすぎて、夢見てるみたいだ」
「せっかく勝ったのに、夢だったら困るよ」
 本当に夢だったら困る。八人の命を犠牲にして、私たち二人だけが生き延びたのだから。
 私は山本くんを引き寄せ、もう一度抱き着いた。さっきよりも強く、お互いを抱き締め合う。
「絶対大事にするから」
 私は山本くんのたくましい腕に抱かれながら、声を立てずに微笑した。
 前よりもずっと、山本くんのことを好きになっている。私のために、こちら側に来てくれたあなたを。