視界の端に、ボタンが全て弾け飛んだ白いブラウスが揺れている。困惑した田城くんの顔が、目と鼻の先にあった。
にの腕が、冷たい床に触れている。体が重い上に、左胸に痛みを感じた。恐る恐る自身の体を見下ろすと、キャミソールだけになった私の上半身――左の乳房を、田城くんの大きな掌が鷲掴みにしていたのだ。
私は混乱して声も出ない。どうして私が、田城くんに押し倒されているのかわからない。ブラジャーと薄いキャミソール越しに、田城くんの体温を感じる。数センチで唇が触れてしまう距離で田城くんの息遣いを感じて、私は泣きそうになった。
嫌悪感が込み上げてくる。
気持ち悪い。
「や……いやあああっ!」
足音が近付いてくる。
「若月! どうした!」
慣れ親しんだ声音を聞いて、私は安堵した。
私たちを見るなり山本くんは血相を変え、田城くんを私から引き剥がしてくれた。そのまま制服の上着を脱いで私にかけると、田城くんを一発殴って、美術室から追い出してくれた。
山本くんが戻ってきた時、私は呆けたまま、床に座り込んでいた。山本くんはボタンがなくなってしまったブラウスを一瞥し、ボストンバックからサッカー部のウインドブレーカーと練習用Tシャツを取り出した。
「これに着替えろ。嫌だったら、どっからか体操着調達してくるけど」
私はかぶりを振った。
「ううん。ありがとう」
田城くんはもういないのに、今頃になって指先が震え出した。
山本くんは私に着替えを手渡すと、「落ち着くまで、廊下で待ってる」と言い残し、窓とカーテンを閉めて美術室を出て行った。
私が美術室のドアを開ける頃には、下校時間まであと少しになっていた。
「ごめん。借りっぱなしだった」
山本くんは制服の上着に袖を通すと、さも当然のことのように言った。
「マンションまで送る」
山本くんは、何があったのか、どうしてあんなことになっていたのか、決して尋ねようとはしなかった。近づきすぎず離れすぎず、一定の距離を保ちながら、ただ寄り添うように歩いていた。
家のドアの前で、なんとなく名残惜しい気がして、山本くんをお茶に誘った。
「借りた服、洗って返すから。上がって。お茶くらい出すよ」
山本くんは目を見開いて硬直した。額から冷や汗が流れている。名状しがたい複雑な表情を浮かべていた。
「あ、ごめん。乾燥機だめだった?」
山本くんは、重々しく口を開く。
「返すのは来週でいいから。生きてたら、だけど」
「縁起でもない言い方しないで!」
「悪い。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて」
私が強く言うと、山本くんはすぐに謝ってくれた。
「おばさん、いないんだろ。警戒心なさすぎんのか、男扱いされてないのか、わかんねえけど、もう暗くなるし、男、部屋に上げないほうがいいぜ。あんなことがあったばっかりだし」
私は山本くんの言いたいことを、ようやく理解した。
「あ……お母さん、夜勤明けだから、いると思うけど。そうだね。そういうことじゃないんだよね。ごめん、気付かなくて」
山本くんは困ったように笑った。
「そんなに謝られても困るんだけど。じゃあな」
山本くんが階段を降りていく様子を、私は見えなくなるまで見送っていた。
にの腕が、冷たい床に触れている。体が重い上に、左胸に痛みを感じた。恐る恐る自身の体を見下ろすと、キャミソールだけになった私の上半身――左の乳房を、田城くんの大きな掌が鷲掴みにしていたのだ。
私は混乱して声も出ない。どうして私が、田城くんに押し倒されているのかわからない。ブラジャーと薄いキャミソール越しに、田城くんの体温を感じる。数センチで唇が触れてしまう距離で田城くんの息遣いを感じて、私は泣きそうになった。
嫌悪感が込み上げてくる。
気持ち悪い。
「や……いやあああっ!」
足音が近付いてくる。
「若月! どうした!」
慣れ親しんだ声音を聞いて、私は安堵した。
私たちを見るなり山本くんは血相を変え、田城くんを私から引き剥がしてくれた。そのまま制服の上着を脱いで私にかけると、田城くんを一発殴って、美術室から追い出してくれた。
山本くんが戻ってきた時、私は呆けたまま、床に座り込んでいた。山本くんはボタンがなくなってしまったブラウスを一瞥し、ボストンバックからサッカー部のウインドブレーカーと練習用Tシャツを取り出した。
「これに着替えろ。嫌だったら、どっからか体操着調達してくるけど」
私はかぶりを振った。
「ううん。ありがとう」
田城くんはもういないのに、今頃になって指先が震え出した。
山本くんは私に着替えを手渡すと、「落ち着くまで、廊下で待ってる」と言い残し、窓とカーテンを閉めて美術室を出て行った。
私が美術室のドアを開ける頃には、下校時間まであと少しになっていた。
「ごめん。借りっぱなしだった」
山本くんは制服の上着に袖を通すと、さも当然のことのように言った。
「マンションまで送る」
山本くんは、何があったのか、どうしてあんなことになっていたのか、決して尋ねようとはしなかった。近づきすぎず離れすぎず、一定の距離を保ちながら、ただ寄り添うように歩いていた。
家のドアの前で、なんとなく名残惜しい気がして、山本くんをお茶に誘った。
「借りた服、洗って返すから。上がって。お茶くらい出すよ」
山本くんは目を見開いて硬直した。額から冷や汗が流れている。名状しがたい複雑な表情を浮かべていた。
「あ、ごめん。乾燥機だめだった?」
山本くんは、重々しく口を開く。
「返すのは来週でいいから。生きてたら、だけど」
「縁起でもない言い方しないで!」
「悪い。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて」
私が強く言うと、山本くんはすぐに謝ってくれた。
「おばさん、いないんだろ。警戒心なさすぎんのか、男扱いされてないのか、わかんねえけど、もう暗くなるし、男、部屋に上げないほうがいいぜ。あんなことがあったばっかりだし」
私は山本くんの言いたいことを、ようやく理解した。
「あ……お母さん、夜勤明けだから、いると思うけど。そうだね。そういうことじゃないんだよね。ごめん、気付かなくて」
山本くんは困ったように笑った。
「そんなに謝られても困るんだけど。じゃあな」
山本くんが階段を降りていく様子を、私は見えなくなるまで見送っていた。