私は美鈴の名を叫びながら目を覚ました。最後に見た美鈴の顔が忘れられない。病院勤めの母が夜勤で良かったと、心の底からそう思った。泣き腫らした顔を見られなくてすむ。涙が後から後から溢れてくる。私はまた、友達を殺してしまった。
ようやく涙が治まり、腫れぼったい目を押して学校に行った。夜のターンで誰が襲撃されたのか、見届けなければならない。
教室に着くと、何人かの女子生徒が顔を見るなり駆け寄ってきた。私は彼女たちの隙間から目を凝らして、教室の真ん中辺りを凝視する。竹原くんの姿は見えなかった。野球部は朝練があるはずだから、この時間は教室にいるはずだ。やはり、襲撃されたのは竹原くんのようだ。もう感覚が麻痺しているのか、私は何も感じなかった。
人間というものは、ストレスが溜まりすぎると、何も感じなくなるようだ。私はただ呼吸するだけの、人形になり始めていた。
口々に何か言われ、私は曖昧な返事をする。ゲームが始まるまではいなかった子も交じっている。その中に、美鈴の姿はなかった。
もう五人のクラスメイトが入れ替わっているというのに、プレイヤー以外、誰も気付かない。そのことが虚しかった。いや、本来教室とは、そんなところなのかもしれない。いじめがなくならないのと同じだ。誰かが欠けたとしても、無意識に誰かが同じ役割を担う。全てが代替可能なのだ。私がいなくなったとしても、悲しむ人はいない。お母さんは悲しんでくれるかな。そうだ。私のこと、忘れちゃうんだった。お母さん、一人になっちゃうな。無理やり笑顔を作りながら、私はそんなことを考えていた。
放課後、私は美術室に入った。随分と久しぶりな気がする。そういえば、ゲームが始まってからは、部室に顔を出していなかった。
高校に入学してから、まだ二週間足らずだ。一作も完成していないけれど、描きかけの作品だけは、なんとか完成させたかった。
集中して絵筆を走らせていると、後ろから声をかけられた。びっくりして、筆を落としそうになる。
「すみません。驚かせてしまって」
田城くんが立っていた。背が高くがっしりしている彼は、美術室には不似合いだった。
「その絵、森脇さんかと思いましたが、よく見ると違いますね。亡くなった吉田さんですか? 綺麗な人ですね」
私は咄嗟に、イーゼルの向きを変えて春香の似顔絵が描かれたキャンバスを隠した。春香と美鈴は、確かに雰囲気は似ているが、目鼻立ちが全く違う。私は、田城くんが『吉田さん』と名指ししたことに動揺していた。私は春香の名字を口にしただろうか。
「忘れないうちに、描いておこうと思ったの」
私は、ブレザーを脱いで袖をめくっていた腕をそっとさすった。
「私がいなくなったら、全部消えちゃうんだけどね」
何気なく弱音を吐いてしまった私に、田城くんが力強く言う。
「大丈夫です。あなたは消えません。僕が、そうさせません」
僕がそうさせないとは、どういう意味だろう。訝しんで顔を向けると、鋭い瞳で見詰められていた。私は気まずくなって視線を逸らす。
「何か用があったんじゃないの」
取り繕うように立ち上がった拍子に、ブウラスが後ろに引っ張られた。どうやら壁に取り付けられた鉤状のものに、ブラウスが引っかかってしまったようだ。肩越しに振り返ってなんとか取ろうとするが、うまくいかない。
「どうしました?」
「引っかかっちゃったみたいなの」
こんなところに、引っかかるものがあっただろうか。身をよじっていると、田城くんが近付いてきた。
「じっとしていてください。僕がはずします」
そう言うやいなや、田城くんは床に置いてあったイーゼルに足を取られて、前のめりに倒れた。
田城くんの巨体が目の前に迫ってきて、私は悲鳴を上げる。私たちは折り重なるように床に倒れた。
何が起こったのかわからない。
ようやく涙が治まり、腫れぼったい目を押して学校に行った。夜のターンで誰が襲撃されたのか、見届けなければならない。
教室に着くと、何人かの女子生徒が顔を見るなり駆け寄ってきた。私は彼女たちの隙間から目を凝らして、教室の真ん中辺りを凝視する。竹原くんの姿は見えなかった。野球部は朝練があるはずだから、この時間は教室にいるはずだ。やはり、襲撃されたのは竹原くんのようだ。もう感覚が麻痺しているのか、私は何も感じなかった。
人間というものは、ストレスが溜まりすぎると、何も感じなくなるようだ。私はただ呼吸するだけの、人形になり始めていた。
口々に何か言われ、私は曖昧な返事をする。ゲームが始まるまではいなかった子も交じっている。その中に、美鈴の姿はなかった。
もう五人のクラスメイトが入れ替わっているというのに、プレイヤー以外、誰も気付かない。そのことが虚しかった。いや、本来教室とは、そんなところなのかもしれない。いじめがなくならないのと同じだ。誰かが欠けたとしても、無意識に誰かが同じ役割を担う。全てが代替可能なのだ。私がいなくなったとしても、悲しむ人はいない。お母さんは悲しんでくれるかな。そうだ。私のこと、忘れちゃうんだった。お母さん、一人になっちゃうな。無理やり笑顔を作りながら、私はそんなことを考えていた。
放課後、私は美術室に入った。随分と久しぶりな気がする。そういえば、ゲームが始まってからは、部室に顔を出していなかった。
高校に入学してから、まだ二週間足らずだ。一作も完成していないけれど、描きかけの作品だけは、なんとか完成させたかった。
集中して絵筆を走らせていると、後ろから声をかけられた。びっくりして、筆を落としそうになる。
「すみません。驚かせてしまって」
田城くんが立っていた。背が高くがっしりしている彼は、美術室には不似合いだった。
「その絵、森脇さんかと思いましたが、よく見ると違いますね。亡くなった吉田さんですか? 綺麗な人ですね」
私は咄嗟に、イーゼルの向きを変えて春香の似顔絵が描かれたキャンバスを隠した。春香と美鈴は、確かに雰囲気は似ているが、目鼻立ちが全く違う。私は、田城くんが『吉田さん』と名指ししたことに動揺していた。私は春香の名字を口にしただろうか。
「忘れないうちに、描いておこうと思ったの」
私は、ブレザーを脱いで袖をめくっていた腕をそっとさすった。
「私がいなくなったら、全部消えちゃうんだけどね」
何気なく弱音を吐いてしまった私に、田城くんが力強く言う。
「大丈夫です。あなたは消えません。僕が、そうさせません」
僕がそうさせないとは、どういう意味だろう。訝しんで顔を向けると、鋭い瞳で見詰められていた。私は気まずくなって視線を逸らす。
「何か用があったんじゃないの」
取り繕うように立ち上がった拍子に、ブウラスが後ろに引っ張られた。どうやら壁に取り付けられた鉤状のものに、ブラウスが引っかかってしまったようだ。肩越しに振り返ってなんとか取ろうとするが、うまくいかない。
「どうしました?」
「引っかかっちゃったみたいなの」
こんなところに、引っかかるものがあっただろうか。身をよじっていると、田城くんが近付いてきた。
「じっとしていてください。僕がはずします」
そう言うやいなや、田城くんは床に置いてあったイーゼルに足を取られて、前のめりに倒れた。
田城くんの巨体が目の前に迫ってきて、私は悲鳴を上げる。私たちは折り重なるように床に倒れた。
何が起こったのかわからない。