「でもこいつ、自分だけ逃げようとしたんだろ？卑怯すぎる男の顛末だよ」
という声も聞こえる。

「おい！」
権野が苛立たしげに声を上げた。
「梶原はこのサークルのOBで、あいつがいなかったら名古屋で天下のNGYラジオのイベントも、鈴森スキー場でのゲレンデラジオもできなかっただろ？それにみんなの就職斡旋や繋がりも作ってくれたじゃねえか」

だが、教室の空気は冷ややかだ。権野の父親が県会議員であることは有名であり、梶原が露骨に権野を贔屓していたのは誰もが知っていた。

「お前はいいよな……パパと先生と、いろんな後ろ盾があってさ……」
作花真威人(さくかまいと)が吐き捨てるように言う。
「俺だって梶原の繋がりでレコード会社の内定もらったけど、そっちはNGYラジオの大元、TOKFMの内定だろ？……くそっ、裏口就職じゃねえか！」

真威人の声に怒りが滲む。権野は軽く肩をすくめた。
「お前の実力不足だよ。そんな顔してるからだろ？アナウンサーは顔が命ってな……まぁ、せいぜい下っ端の雑用で頑張れよ」

挑発するようなその言葉に、真威人の手が震える。彼は握りしめた支給された鉄パイプを権野に向けて振り上げようとしたが、力が入らない。倫理観が彼を制止している。

「お前……！」
真威人の顔が歪む。権野も負けじと睨み返すが、口元には余裕の笑みが浮かんでいた。

スダはその様子を眺めながら口元を歪めた。
「いいですね、その調子ですよ。もっとやり合ってください。素晴らしい見世物だ」

その言葉に、教室の女子たちはさらに怯え、いまだに泣き崩れている者もいる。

梶原の血まみれの遺体は、一瞬だけ見たがひどいものだった。ハルキは梶原の上に被せられた黒い布を見る。

（あれは僕の心の傷の代償なんだ……）

ハルキの心の中で、そんな冷たい声が響く。だが同時に、その考えに震えが止まらなかった。

「もう嫌だ……嫌だ！」
「ケツ！落ち着け！」
突然、ケツと呼ばれている尻山がパニックを起こしたように短刀を床に投げ捨てた。

教室内に緊張感が漂う中、尻山が扉に向かって走り出した。

「扉、あの扉……ここから出られるかも！」

尻山は扉の取っ手を掴みながら叫ぶ。
「孤島だとか言われたけど、外に船があれば逃げられるんじゃないか！？」

その言葉に、一瞬希望が教室内をかすめた。だが、誰も彼を追いかける気配はなかった。

他に数人が尻山に続き、さらに毎度胡桃(まいどくるみ)が立ち上がる。彼女は教室の隅でじっとしていたが、ようやく意を決したようだった。



「……本当に外に出られるのか？」
扉に手を添えるが、扉はびくともしない。

が、ようやく開き尻山が一緒に開けた人をを押しのけ、強引に先頭に立った。
「俺が先だ！」

そう叫びながら、尻山は扉をぐいっと開ける。




そして、その向こうに顔を突き出した瞬間——

ばしゅっ

鈍い音が響いた。