冬の透明な光が、静かに揺れるバスの窓を通り抜けて車内を包んでいた。
名古屋を抜け、山梨の山間部へ向かう道。凛とした空気が旅の始まりを知らせる。

大学の放送研究部の卒業旅行。
これが、4年間を共に過ごしたメンバーたちと過ごす最後の思い出になる。ほとんどの部員はすでに内定を手にしており、就職までの短い期間を楽しむために、この旅行が急遽計画されたのだ。

「次のサービスエリア、絶対寄るよな? ソフトクリーム食べたい!」
「いやいや、俺はカツサンド一択だわ!」

前方の席では、男子学生たちが肩を叩き合いながら盛り上がっている。彼らのくだらない会話に、車内は明るい笑い声で満たされていた。

そのすぐ後ろでは、女子学生たちがSNS用の写真を撮り合っている。
「ギャルピースやろうよ!」
屈託のない笑顔が、旅の高揚感を象徴していた。

「次のサービスエリアで全員で写真撮ろうよ!」
一人の女子が提案すると、みんながすぐに賛成の声を上げた。

けれど、そんな喧騒をよそに、一番前の席では陸馬ハルキ(りくまはるき)が一人静かに座っていた。

スマートフォンをいじるふりをしながら、周囲の笑い声に背を向ける。けれど耳は嫌でもその声を拾ってしまう。気の置けない友人たちが楽しむ姿を見ても、自分の中に何かが欠けているような気がして、輪に加わることができなかった。

「ハルキ、どうした? やけに静かじゃねえか」
後列の席から顔を出したのは、権野源喜(ごんのげんき)。声も態度も大きな彼が軽く肩を叩いてきた。

「いや、別に。ただ景色見てただけ」
ハルキは軽く笑って返したが、その笑顔はどこかぎこちなかった。

「ま、楽しめよ。就活のことなんか忘れてさ!」
権野はつまんねえなあと笑いながら、席に戻っていった。

その直後、ハルキの斜め後ろからそっとチョコの箱が差し出された。驚いて振り返ると、そこにいたのは厚目葉月(あつめはづき)だった。

葉月はやや控えめな性格だが、いつも周囲に気を配り、柔らかな空気を纏っている。

「ハルキくん、元気ないね。大丈夫?」
彼女の声は、他の誰とも違う優しさを含んでいた。

「別に、寝不足なだけ。ありがとう」
ハルキは精一杯笑みを作ってみせたが、葉月の目はじっと彼を見つめたままだった。

「無理しなくてもいいんだよ。何かあったら言ってね」
その言葉は、いつも閉じこもりがちなハルキの心に、ほんの少しだけ光を灯した。

なぜならハルキは――葉月のことが好きだったからだ。