◇
「こんな日によく見ず知らずの男なんてナンパできますね」
「ナンパじゃねーんだけど、まあそういうことでいっか」
声をかけてきた見ず知らずの男。のスポーツカーに乗り込んでいるおれもおれでどうかと思うけど。
今は自分のことも他人のことも大事にできそうにない。もしこいつが犯罪者でも殺人鬼でも、今日なら出会うべくして出会ったのだと頷くことができるだろう。大体、初対面の人間に「地獄みたいな目」なんて失礼だろ。つまり、傷つけるなら、こういう教養がない人間が手っ取り早い。
なんだ、誰でもいいって思ってたくせに、ちゃっかり選別してしまっている。そういうところがダメなんだろ。真面目がダメなんだってわかったとこだろ。
「……どこ向かってるんですか」
「別に、行くあてとかねえよ。なんとなくドライブしてるだけ。おまえ降ろしたら何やらかすかわかんねえし」
「まだ出会って10分も経ってませんけど」
「おまえみたいな奴は全員同じ目ぇしてんのよ」
さっきは「オニーサン」と言ってきたくせに、車に乗せた途端「おまえ」呼びかよ。
走り出したスポーツカーから知らない洋楽が流れ出す。走る街並みはどこもかしこも飾り付けられていてげんなりする。うるせえよ、だまってろ、浮かれてんじゃねえよ。
「結局何にもできないですけどね、おれみたいな奴は」
「へえ、自分のことよくわかってんのな」
「根が真面目で、人生で特に挫折を味わうこともなく生きてきて、なんでも平均的にこなせて、まあ、だからこんなことになってるんですかね」
「出会って10分の年上に突然ベラベラ喋んだね」
「アンタがどーでもいい人間だからですよ」
というか、年上かどうかなんてわかんないだろ。
助手席から、ふと運転する男を見やる。
金髪の、ガタイの良い男。肩幅が広くて手足が長い。座っているからわからなかったけれどきっと身長も高いだろう。横顔でも顔が整っているのがよくわかる。鼻が高くて綺麗な輪郭ライン。綺麗だけれど、時代錯誤の言葉を使うのなら、”男らしい”という表現がしっくりくる。普段の自分だったらまず関わることはないような人種。
自分の見すぼらしさに拍車をかけるようで気持ちが悪い。こいつがおれを年下だと断定していることも含めて、自分がいやに情けなく思えてくる。
「で、名前はなんつーの」
「は? いらないでしょ、見ず知らずの他人の名前なんて」
「もう見ず知らずじゃねーだろ、人の車に乗ってんだから」
「あーそうですか、じゃあ適当に呼んでください」
「おまえ、ガキみたいなこと言うね」
「……ガキなんですよ、ずっと、おれは」
ガキだから、こんな日に、誰かを傷つけたいなんて、そんなことを思ってしまうんだよ。仕方ないだろ。世の中じゃみんな大切な誰かと過ごす聖夜、おれは見ず知らずの男と横にいる。そんなのバカみたいだろ。
「おまえ何歳なの」
「……22です」
「あ、そう? 思ったより若えのな。もしかして大学生?」
「まあそうですね、アンタは」
「想像に任せる」
なんだよそれ。せっかくこっちが素直に答えたのにバカバカしい。
「ま、5以上は離れてるな、確実に」
「……へえ」
だとしたら、30を超えていてもおかしくない。こういう落ち着いた男のことを、おれは嫌というほど知っている。
「で、タツキはコーヒーかココアかカフェラテだったら何派? ドライブスルー寄るけど」
「は? 何で名前……」
「スマホ、さっきから光ってんだろ」
その言葉に手元を見ると、無意識に握りしめていたスマホが光っていた。音もバイブもオフにたくせに、メッセージを完全に通知オフには出来なかった。
浮かび上がる何通もの『不在着信』と『タツキ、電話出て』のメッセージ。なるほど、こんな小さな文字を横から盗み見るなんて抜かりのない奴。
「おれは椿ね。あと答えねえなら勝手にコーヒー頼むけど」
「……カフェラテで」
名前とか聞いてないんだけど。勝手に名乗ってんじゃねえよ。
椿と名乗る男は、おれがコーヒー単体で飲めないことを悟ったのか、ふっと笑った。
「こんな日によく見ず知らずの男なんてナンパできますね」
「ナンパじゃねーんだけど、まあそういうことでいっか」
声をかけてきた見ず知らずの男。のスポーツカーに乗り込んでいるおれもおれでどうかと思うけど。
今は自分のことも他人のことも大事にできそうにない。もしこいつが犯罪者でも殺人鬼でも、今日なら出会うべくして出会ったのだと頷くことができるだろう。大体、初対面の人間に「地獄みたいな目」なんて失礼だろ。つまり、傷つけるなら、こういう教養がない人間が手っ取り早い。
なんだ、誰でもいいって思ってたくせに、ちゃっかり選別してしまっている。そういうところがダメなんだろ。真面目がダメなんだってわかったとこだろ。
「……どこ向かってるんですか」
「別に、行くあてとかねえよ。なんとなくドライブしてるだけ。おまえ降ろしたら何やらかすかわかんねえし」
「まだ出会って10分も経ってませんけど」
「おまえみたいな奴は全員同じ目ぇしてんのよ」
さっきは「オニーサン」と言ってきたくせに、車に乗せた途端「おまえ」呼びかよ。
走り出したスポーツカーから知らない洋楽が流れ出す。走る街並みはどこもかしこも飾り付けられていてげんなりする。うるせえよ、だまってろ、浮かれてんじゃねえよ。
「結局何にもできないですけどね、おれみたいな奴は」
「へえ、自分のことよくわかってんのな」
「根が真面目で、人生で特に挫折を味わうこともなく生きてきて、なんでも平均的にこなせて、まあ、だからこんなことになってるんですかね」
「出会って10分の年上に突然ベラベラ喋んだね」
「アンタがどーでもいい人間だからですよ」
というか、年上かどうかなんてわかんないだろ。
助手席から、ふと運転する男を見やる。
金髪の、ガタイの良い男。肩幅が広くて手足が長い。座っているからわからなかったけれどきっと身長も高いだろう。横顔でも顔が整っているのがよくわかる。鼻が高くて綺麗な輪郭ライン。綺麗だけれど、時代錯誤の言葉を使うのなら、”男らしい”という表現がしっくりくる。普段の自分だったらまず関わることはないような人種。
自分の見すぼらしさに拍車をかけるようで気持ちが悪い。こいつがおれを年下だと断定していることも含めて、自分がいやに情けなく思えてくる。
「で、名前はなんつーの」
「は? いらないでしょ、見ず知らずの他人の名前なんて」
「もう見ず知らずじゃねーだろ、人の車に乗ってんだから」
「あーそうですか、じゃあ適当に呼んでください」
「おまえ、ガキみたいなこと言うね」
「……ガキなんですよ、ずっと、おれは」
ガキだから、こんな日に、誰かを傷つけたいなんて、そんなことを思ってしまうんだよ。仕方ないだろ。世の中じゃみんな大切な誰かと過ごす聖夜、おれは見ず知らずの男と横にいる。そんなのバカみたいだろ。
「おまえ何歳なの」
「……22です」
「あ、そう? 思ったより若えのな。もしかして大学生?」
「まあそうですね、アンタは」
「想像に任せる」
なんだよそれ。せっかくこっちが素直に答えたのにバカバカしい。
「ま、5以上は離れてるな、確実に」
「……へえ」
だとしたら、30を超えていてもおかしくない。こういう落ち着いた男のことを、おれは嫌というほど知っている。
「で、タツキはコーヒーかココアかカフェラテだったら何派? ドライブスルー寄るけど」
「は? 何で名前……」
「スマホ、さっきから光ってんだろ」
その言葉に手元を見ると、無意識に握りしめていたスマホが光っていた。音もバイブもオフにたくせに、メッセージを完全に通知オフには出来なかった。
浮かび上がる何通もの『不在着信』と『タツキ、電話出て』のメッセージ。なるほど、こんな小さな文字を横から盗み見るなんて抜かりのない奴。
「おれは椿ね。あと答えねえなら勝手にコーヒー頼むけど」
「……カフェラテで」
名前とか聞いてないんだけど。勝手に名乗ってんじゃねえよ。
椿と名乗る男は、おれがコーヒー単体で飲めないことを悟ったのか、ふっと笑った。