家に帰った筆者を出迎えたのは、某大手出版社の編集者のY氏だった。

「あぁ、先生おかえりなさい。お待ちしてたんですよ」

 普段は筆者になど目もくれないY氏が、満面の笑みを浮かべ擦り寄って来る。聞くと、急ぎの執筆依頼だという。

「実はK先生に長編をお願いしていたんですが、連絡が取れなくなってしまいまして。K先生が姿をくらますのはよくあることなんですが、締め切りが迫ってるのでこちらも困っているんです。十万字を二カ月後までにお願いできませんか。ジャンルは先生お得意の怪奇で、原稿料はこちらです」

 Kといえば大物作家だ。その代打を筆者のような無名の作家に頼むのだから、よほど切羽詰まっているのだろう。提示された原稿料もかなりの金額だった。

「内容の指定はありますか?」

「はい。近頃のオカルトブームで、ぜひ取り上げて欲しいと読者の体験談が弊社にもたくさん届いていまして。その中にいくつか共通すると思われる怪談があったんです。それらを考察や先生オリジナルの怪談を交えつつ、一つの話として纏めていただきたいんです」

「なるほど。体験談はある程度、加工しても問題ありませんか」

「はい。そこはもう先生の采配で。より恐ろしい話に仕上げてくださるのを期待しています。では、お引き受けていただけるということでよろしいですね。こちらはK先生の書斎に残されていた、読者からの手紙です。共通項のありそうな体験談は片端から入れてありますので、厳選して使っていただければと思います。では、私はそろそろ次がありますので。原稿があがりましたらご連絡ください」

 爽やかな笑顔で矢継ぎ早に言うと、紙袋に入った大量の手紙を置いてY氏は帰ってしまった。随分と忙しいらしい。万年開店休業中の筆者とは大違いだ。

 さて、どうしたものか。

 まだ温かい茶を一口啜り、筆者は小さく唸った。
 原稿を送りつけても袖にされてばかりの大手出版社だ。ここで恩を売っておくのは悪くない。気分転換にもちょうどいい。そう思って引き受けたが、なんとなく気が重かった。Kの代打だからというのもあるが、読者から寄せられた体験談というのが気にかかった。
それに、依頼にきたY氏の態度も妙だった気がする。
 Kの失踪癖は有名だが、一度頼んだ原稿を本人に断りもなく、別の作家に投げたりするだろうか。それも、いくら怪奇専門とはいえ筆者のようなしょぼい作家に……。昨今のオカルトブームにのっとり、とにかく早く本にしたいという説明もやや説得力に欠ける。
 
 何やら巨大な陰謀に巻き込まれようとしてるのではないか。
 
 そんな厭な予感がした。とはいえ、一度引き受けてしまったからには今さら断れない。原稿料につられ安請け合いしてしまった己を恨みつつ、筆者はガムテープで厳重に封をされた紙袋を開いた。
 葉書や色とりどりの封筒、便箋がみっちりと詰まっている。中には結構な年数を思わせる、黄ばんだ封書もあった。
 これがすべて一つの共通する怪談なのか。
 普段なら喜んで全ての手紙に目を通しただろうが、今はただただ禍々しく感じた。とはいえ、いつまでも手紙と睨めっこしていても仕方がない。ままよと、開封済みの封筒を手に取った。中から便せん数枚と写真が一枚出てきた。

「ひっ」

 思わず写真を後ろに放る。ケーキのローソクを吹き消さんとする幼い少女と、満面の笑みで拍手する母親、それを窓から白い女がろんぱった目で見つめて笑っていた。

 この手紙はまずい。そう思うのに目が勝手に文面を追い始める。