鬱蒼とした木々に囲まれた××神社は、静謐な気配が漂っていた。
 一歩足を踏み入れただけで、空気が違う。一般的な作法にのっとって手を清めた後は、祀られている不動明王を拝し、賽銭を入れる。その後、授与所に声をかけて簡単なお祓いを受けた。砂取り用の神域に穢れを持ち込まないための手順らしい。
 護摩を焚いた薄暗い和室で正座し祓いを受けると、体が一層軽くなった。気持ちの問題かもしれないが、厄払いには一定の効果があると筆者は考えている。

「ここのお砂は、厄払いに効果があるそうですが、砂を裸足で踏みしめるのにはどういう意味があるのでしょうか」

 ほかに客もいなかったので、筆者は年配の神主に尋ねた。神主は一瞬、怖い顔で筆者を、いや正確には筆者の斜め後ろあたりを見た。
思わず振り返る。開け放たれた扉の向こうに、暗い廊下が続いていた。そこに一瞬白い影が佇んでいる気がしたが、特に不審な点は無かった。

「砂は清めに玄関などに蒔くだけで結構です」
「では、匂いをつけるために踏みしめるというのは?」
「それは呪詛をほかへ移すための作業です」

 怖い顔のまま神主は続けた。「するな」と目が語っていた。

「以前、そういう呪いというか魔除けの相談をされた方がいましたか」
「いたとしても、お話はできません」
「実は私、砂をつめた人形をある方から渡されたのです。それ以来……」

「それ以上は結構!」

 ぴしゃりとした声だった。筆者は思わず固まってしまった。
 神主は静かに、だが厳しい声で続けた。

「その人形は、お焚き上げするのがいいでしょう。まだお持ちですか?」
「いいえ。気味が悪くて捨ててしまいました」
「そうですか。持っていることはお勧めしませんのでそれでよかったのでしょう。では、お浄めは終わりましたので砂をお持ちください」

 一礼すると、神主はさっさと廊下の奥に消えてしまった。

 調査で立ち寄ったのだが、砂は念のためにもらって帰った。無意識に欲張ってしまったらしく、帰り道、砂をつめたビニール袋はずっしりと重かった。
 頼もしい重みだった。どうやら昨夜や昼間の出来事に参っているらしい。情けないような、好奇心に踊らされず慎重に行動している自分を褒めてやりたいような、複雑な気持ちだった。