友人のHから本を借りたのは、高校一年生の夏休み前のことでした。一章を読み終えた時点であまりの怖さに本を閉じ、タイミングを計ったようにHから電話がかかってきて、跳び上がりそうになったのを覚えています。

「ねぇ、読んだ?」
「読んでるよ。怖すぎるんだけど」

 にやにやと笑みを含んだ声で尋ねるHに、私は思わず苦情を言いました。

「古本屋で見つけたんだけど、面白くて一気に読んじゃったから貸してあげる」

 そういって一方的に押しつけられた本です。馬鹿正直に読まなければよかったと、後悔しました。
 Hはいわゆるオカルトマニアで、小学生の時は妖怪博士なんて名誉なのか不名誉なのか分からないあだ名で呼ばれ、変人扱いされると同時に一目置かれていました。
 オカルトマニアなんていうと、怖い話ばかりしていて偏屈で暗いというイメージかもしれませんが、あらゆるサブカルチャーを愛するHは話題豊富で、小学校では人気者でした。
 私はHと違って怖がりで、オカルトはどちらかといえば苦手でしたが、そんな私の反応が新鮮なのか、Hはなにかと怖い漫画や本を押しつけてきました。ジャンルはSFから実話系まで色々で、今回借りた本はちょうど、創作と実話の間みたいな印象でした。

「これ、実話じゃないよね」
「どうでしょう?」

 この日も怖くなって尋ねた私に、Hはわざと曖昧に答えました。ちょっと嫌な感じだなと思って、続きは読まずに返そうと、私は本をデスクの引き出しにしまいました。その後は互いの学校生活や友人の話など他愛もない話をして、次週の日曜日に約束を取りつけて電話を切りました。

 翌日、吹奏楽の部活動でちょっと嫌なことがあって、私は帰りの電車の中でHにラインで愚痴りました。送ったらすっきりして、夕食後にはラインしたことすら忘れていました。
 寝る前に思い出してラインを確認したら、Hは既読スルーしていました。別に珍しいことではないので特に気にもせず、少し読書でもしようと、ベッドサイドに無造作に積んである本から一冊、手に取りました。つかんだのは、Nに借りたあの本でした。

「やだっ」

 私は思わず本を放り捨てました。確かに片づけたはずなのに、どうしてベッドサイドに……。あり得ない話ですが、誰かが私に読ませようとベッドサイドに置いた、そんな気がして仕方がありませんでした。

「大体、読んだら呪われる本なんて悪趣味だよ」

 そういう手法なのは分かりますが、それにしたって嫌な感じです。この作者は他に一体どんな作品を書いているのか。なんとなく気になって、私はスマートフォンで作者名を検索しました。しかしマイナーすぎるのか、全くヒットしません。似たような名前の地下系アイドルやイラストレーターが出てくるばかりです。
 本のタイトルについても同じで、まったく別の小説や関係なさそうな動画しか出てきませんでした。

「こんな本、どこで見つけてきたんだろ」

 私は独り言を言いながら、本の奥付を確認しました。発行は昭和××年と、けっこう古い本でした。筆者については名前の記載しかなく、今でこそあまり見なくなった著者近影もありません。
 やっぱり読まずに返してしまおう。そう思いながら、私は本を再び、引き出しの奥にしまいました。