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◇◇
「……えっ?」
風紀委員長の発言が丸々抜けた会議録の修正もなんとかやり遂げ各委員長に共有するところまで終わらせ、他の生徒会役員のみんなと同じ時間に仕事を切り上げることができた僕は、いよいよ会長にクビを宣告されるのではと怯えながらも断れるわけもなく並んで帰路につき──校門を出て少し歩いたところで切り出されたそれに思わず足を止める。
「前から君のことが好きだった。俺と付き合ってほしい」
予想とはまるで違う告白に困惑からでた“えっ”を、聞こえなかった時のそれだと思ったらしい安西会長が一言一句違わず繰り返してくれるけど、二回聞いても訳が分からない。
「付き合ってほしい……?」
「どこへですか?などと茶化すのはなしだぞ」
「わっ、分かってますよ!」
付き合ってほしいと言われただけだったらポンコツを発揮して『付き合うってどこへですか?』なんて返していたところだけど、最初に“君のことが好きだった”と言われたことと先手を打つように会長から付け足されたそれは認めざるをえない。ただこの目の前の綺麗な人──しかもずっと好きだった人に交際を申し込まれたことが信じられなかっただけだ。
──会長と僕って両思いだったんだ……っ、やったー!
──……って、すぐ受け入れられるわけなくない……!?
俯瞰で見ればここで僕が告白を受け入れればすぐに交際成立なんだろうけど、妹が趣味で集めてる少女漫画でもなさそうな唐突過ぎるハッピーエンドの気配に逆に身構えてしまう。まさか会長、何かの罰ゲームを強いられている?そういうのに嬉々として乗るようなタイプじゃないけど──……。
「前から一生懸命で周りへの気遣いも忘れない君を好ましく思っていた。君の恋愛対象が男女どちらか分からないのもあって、傍で見ていられればそれでじゅうぶんだと気持ちを伝えるつもりはなかったが──」
はっ、まさか、家族を人質に取られているとか……!?なんて未だ整理のつかない頭でぐるぐる考えていた僕に答えを授けるように、会長はあくまで淡々と語る。
「君がアンケートの付き合いたい相手について“お互いに大事に思い合える人”と書いているのを見て、それなら俺でも受け入れてもらえるのではないかと……そう思ってしまった。君を大事に思う気持ちは誰にも負けないつもりだから」
「……っ」
告白されてからろくに目も合わせられなかった状態からおそるおそる会長の顔を見ると、冷静な話し方からはまるで結びつかない熱の籠った視線とかち合う。……この告白は罰ゲームなんかじゃないぞと僕に訴えかけてくるようだ。
「……唐突にこんなことを言って、混乱させているのは分かっている。返事は急がなくて良いから──」
「──か、会長っ」
「ん?」
「僕も、会長のことが好きです!」
「……なに?」
僕に考える時間を与えるためか早々に話を切り上げてくれようとする会長だけど、このまま終わらせてしまったら僕のことだから後日改めて返事をするというのは絶対にできないだろう。それなら恥ずかしくても今ここで応えなければ。
「僕も優しくていつも堂々としてる会長が、ずっと前から好きでした……!」
「それは本当か?」
「もっ、もちろん!」
「なんということだ……信じられない」
「僕だって……えっ!?」
僕だってずっと好きだった安西会長に好きと言われて信じられません、と出かかった言葉は彼がその場に座り込んでしまったことによって宙を舞う。
「かっ、会長……!?」
「良かった……断られたら立ち直れないと思っていたから、安心したら力が抜けてしまった」
「そんな、会長に告白されて断る人類なんていませんよっ」
「はは、大きく出たな」
そんなやりとりをしながらも僕は会長に手を差し出し、申し訳なさそうに伸びてきたそれを掴んで立ち上がらせる。……僕の手をすっぽり覆い隠せそうなほど大きく、存外骨ばったそれと恋人として繋ぐ日が来るかもしれないと想像しただけで胸が震えた。
「すまない、手間をかけた」
「いえ!」
さすがにその場で手をつなぎ直す勇気はなく、会長が無事に立ち上がれたことを確認してからさりげなく離す。
「……それでは」
これ以上道の真ん中で立ち話するのも良くないだろうと再び歩き始めたところで、徐に会長が言う。
「今から俺たちは、恋人同士ということで良いのだろうか」
「……あ」
そうだ、好きだと言われたことについては僕も会長と同じ気持ちだと伝えたけど、付き合ってほしいというのに関しては何も返事をしていなかった。……そういう詰めの甘いところも僕がポンコツたる所以である。
「……僕で良ければよろしくお願いします……」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。……東山で良いんじゃない、東山が良い、君じゃなければ俺は誰とも付き合いたくない」
「うぅ……」
あまりに直球な表現に全身がカッ、と燃えるように熱くなり、当然顔も真っ赤になっているだろう。
「東山は、俺のことを大事に思えそうか?」
「そっ、それはもちろん!」
会長の方は、さっき書いたアンケートを引き合いにまるで茶化すような物言いをするけど──赤みがさした目尻からこれは僕の緊張を和らげるために敢えてやっているんだと気づく。
──自分も座り込んじゃうくらいいっぱいいっぱいなのに僕のことを考えてくれるなんて……!
「会長のこと、一生大事にします!」
「それはプロポーズととっても良いのか?」
「え?──そんな恐れ多い!!」
口走ってしまってから言葉の重みに気づいて慌てて首を振る。お付き合いが始まってから数分で一生を語る恋人なんて重すぎるだろう。……でもそうだな、一生は言い過ぎにしてもせめて僕も会長も大学生になるくらいまではお付き合いを続けていきた──……
『“思慮深くお互いを高めあえる相手”と書いた』
──と、会長が書いたというアンケートの内容を思い出す。
──僕は思慮深くなんかないし、会長のおかげで生徒会副会長として少しは成長出来ているとは思うけど、僕の方はこの完璧な人に何も与えられていない。
さらに会長は僕のことを好きになってくれた理由について“一生懸命で周りへの気遣いを忘れない”と言ってくれたけど、それは要領が悪くてばたばたしているだけだしさっきは小川さんの仕事のことをすっかり失念していた。
──電話一本かけるのにも大騒ぎするし、僕の作った会議録からは二人の参加者が抹消されるところだった。
──あれ?僕がそんなポンコツだってバレたら、会長の僕を見る目も変わっちゃうんじゃ……!?
『君は思っていたよりも浅慮だったようだ、別れよう』と冷たい視線で言われているところが容易に想像できた。お互いが大学生になるまではお付き合いを続けたい、なんて思ったけど場合によっては明日会長の前で何かやらかして振られるパターンもおおいにある。せっかくずっと好きだった人とお付き合い出来たのにそんなの嫌だ……!
「──もうここまで来てしまったか。君の家は確かここを右に曲がったところだったな」
「え?そうですけど……」
「よし」
「会長……?」
話しているうちに分かれ道まで来てしまったようだ。自分の家と違う方向なのに迷わず僕と同じ道へ曲がろうとする会長に首を傾げる。
「どうしてそちらへ行こうと……?」
「ん?恋人を家まで送るのは当然だろう」
「会長にそんな手間をかけさせるわけには!……というか、色々あり過ぎてちょっと心を整理したいので今日はここまでにしていただけるとありがたいです……!」
「……そうか」
恋人、と言う響きに舞い上がってはいよろこんで!と食い気味に返事しそうになるのを慌てて抑えてそう伝えると、安西会長も思うところがあるのか合点がいったというように頷いてくれる。
「このタイミングで君と離れるのは名残惜しいが……今日のところは解散としよう」
「はいっ。……えっと、明日また、お会いできるのを楽しみにしてます……!」
「……俺もだ」
「……えへへ……」
不意に流れた甘い雰囲気にくすぐったくなって思わず照れ笑いをこぼすと、安西会長も瞳を蕩けさせて応えてくれる。ああなんかこれすごく恋人同士っぽい、寝る前に思い出してベッドの上でのたうち回るやつ……!
「それじゃあ、ここで失礼します……!」
「ああ、気を付けて帰るんだぞ」
「はい!会長もお気をつけてっ」
そう頭を下げて一人で角を曲がり、途中で振り返ると安西会長が立ち止まったまま僕を見送ってくれていた。そこから少し早足で歩き次の角を曲がってこっそり今来た道を覗き──歩き出した背中を確認して、ようやく安西会長と付き合えた喜びを表現出来る!とスキップを踏もうとして──足がもつれて盛大にすっ転んだ。
「いたい……」
──こんな情けない姿、とてもじゃないけど会長には見せられない。
──出来るだけ長くお付き合いを続けるためにも、絶対に僕がポンコツであることを隠し通さなければならない。
──それこそ、何を犠牲にしてでも……!
その場を立ち上がり確実に血が滲んでいるであろう両膝を擦りながら、僕は強く心に誓うのだった。
◇◇
「──ただいま帰りました」
「おかえりなさい修哉。……何か良いことでもあった?」
「……分かりますか?」
「ええ、口角が上がってる。いつもそんな表情ならもっと素敵よ」
「ふは、善処します」
出迎えてくれた母にそう声をかけられ、具体的に何があったとまでは言わずに早足で階段を上がり自室へ向かう。ドアを閉めて念のため周囲を見渡して完全に一人になったことを確認すると、片手で小さく拳を作って「……っし」とガッツポーズを決めた。
──まさか東山と付き合うことが出来るとは。
──しかもプロポーズまでされてしまった。録音しそびれたのだけが悔やまれるが……。
友人や家族にはよく“鉄仮面”などと揶揄され、自分でも表情に乏しい方だと分かっているが彼が関わった途端にいつの間にか笑みがこぼれてしまう。
──俺が会長を務める生徒会で副会長としてその手腕を振るってくれている後輩──そして本日から恋人同士となった──東山 優真は正直言ってあまり器用な方ではない。
今日の生徒会の活動でも何やら熱心にパソコンに向き合っているとさりげなく見やれば委員長会議の議事録で校長の総括の言葉を慌てて打ち込んでいたし、おや、風紀委員会の発言が載っていないな、欠席だったのか?と思った数十分後にはメモ帳を傍らに血相を変えてキーボードを叩いていた。
──校則の改定についての確認も取れていなかったようだし、電話が苦手な彼がパニックになる前に手を打っておいて良かった。
本人には“たまたま通話する機会があった”と言ったが本当は電話が苦手な彼のことだから後で泣くことになるだろうと踏んで、生徒会室へ行く前に校長に連絡しておいたのだ。
──東山じゃなければ駄目というわけではなかったし、電話のひとつくらいは代わってやっても良いじゃないか。
──彼はそれらの不得意を補って余りあるほどの努力を重ねているのだから。
“他人よりも不器用である”という自分の性質にちゃんと向き合い、痛い目を見る度にどうすれば周りに迷惑をかけずに済むかと試行錯誤してきた賜物か、まだ右も左も分からない一年生への指導も単純明快で的確だ。自分も後輩を導く立場としてそんな東山の立ち回りを参考にしようとはじめは遠目から観察していたのが──失敗してもめげずに気丈に振る舞い、困っている者にも迷わず手を差し伸べる姿に恋心を抱いたのはいつのことだったかもはや覚えていない。
──生徒会の仕事ももっとフォローを入れてやりたいが……。
俺の次の生徒会長は是非彼に任せたいのでそのために必要なことを今のうちに体で覚えてほしいというのと、東山本人が自分が不器用なことを隠したいようなのでそこを無理やり手を出してしまうと嫌われてしまいそうで、あまり公然と出来なかった。
──だけど、今回恋人としての付き合いが始まったことで思う存分甘やかすことが出来る。
今日東山が書いていたアンケートによると、恋人には甘えたいタイプだということが分かった。あれは非常に有益な情報だった、生徒会の先輩として首を突っ込み過ぎるのは良くなくても、恋人としてだったらいくら甘やかしても良いということだ。
──あのアンケートが載った広報誌が校内に出回る前で本当に良かった。
──東山を密かに慕う輩たちの目に触れようものなら男女問わず“我こそは”と彼に殺到して目も当てられなかっただろう(なんて心情を本人に聞かれたら『僕がそんなに人気があるわけないじゃないですかっ』なんて言われそうだ)。
“恋人”という大義名分を得た俺にもう怖いものはない。さて明日からどうやってあの甘え下手な後輩を可愛がってやろうか。
◇◇
「……えっ?」
風紀委員長の発言が丸々抜けた会議録の修正もなんとかやり遂げ各委員長に共有するところまで終わらせ、他の生徒会役員のみんなと同じ時間に仕事を切り上げることができた僕は、いよいよ会長にクビを宣告されるのではと怯えながらも断れるわけもなく並んで帰路につき──校門を出て少し歩いたところで切り出されたそれに思わず足を止める。
「前から君のことが好きだった。俺と付き合ってほしい」
予想とはまるで違う告白に困惑からでた“えっ”を、聞こえなかった時のそれだと思ったらしい安西会長が一言一句違わず繰り返してくれるけど、二回聞いても訳が分からない。
「付き合ってほしい……?」
「どこへですか?などと茶化すのはなしだぞ」
「わっ、分かってますよ!」
付き合ってほしいと言われただけだったらポンコツを発揮して『付き合うってどこへですか?』なんて返していたところだけど、最初に“君のことが好きだった”と言われたことと先手を打つように会長から付け足されたそれは認めざるをえない。ただこの目の前の綺麗な人──しかもずっと好きだった人に交際を申し込まれたことが信じられなかっただけだ。
──会長と僕って両思いだったんだ……っ、やったー!
──……って、すぐ受け入れられるわけなくない……!?
俯瞰で見ればここで僕が告白を受け入れればすぐに交際成立なんだろうけど、妹が趣味で集めてる少女漫画でもなさそうな唐突過ぎるハッピーエンドの気配に逆に身構えてしまう。まさか会長、何かの罰ゲームを強いられている?そういうのに嬉々として乗るようなタイプじゃないけど──……。
「前から一生懸命で周りへの気遣いも忘れない君を好ましく思っていた。君の恋愛対象が男女どちらか分からないのもあって、傍で見ていられればそれでじゅうぶんだと気持ちを伝えるつもりはなかったが──」
はっ、まさか、家族を人質に取られているとか……!?なんて未だ整理のつかない頭でぐるぐる考えていた僕に答えを授けるように、会長はあくまで淡々と語る。
「君がアンケートの付き合いたい相手について“お互いに大事に思い合える人”と書いているのを見て、それなら俺でも受け入れてもらえるのではないかと……そう思ってしまった。君を大事に思う気持ちは誰にも負けないつもりだから」
「……っ」
告白されてからろくに目も合わせられなかった状態からおそるおそる会長の顔を見ると、冷静な話し方からはまるで結びつかない熱の籠った視線とかち合う。……この告白は罰ゲームなんかじゃないぞと僕に訴えかけてくるようだ。
「……唐突にこんなことを言って、混乱させているのは分かっている。返事は急がなくて良いから──」
「──か、会長っ」
「ん?」
「僕も、会長のことが好きです!」
「……なに?」
僕に考える時間を与えるためか早々に話を切り上げてくれようとする会長だけど、このまま終わらせてしまったら僕のことだから後日改めて返事をするというのは絶対にできないだろう。それなら恥ずかしくても今ここで応えなければ。
「僕も優しくていつも堂々としてる会長が、ずっと前から好きでした……!」
「それは本当か?」
「もっ、もちろん!」
「なんということだ……信じられない」
「僕だって……えっ!?」
僕だってずっと好きだった安西会長に好きと言われて信じられません、と出かかった言葉は彼がその場に座り込んでしまったことによって宙を舞う。
「かっ、会長……!?」
「良かった……断られたら立ち直れないと思っていたから、安心したら力が抜けてしまった」
「そんな、会長に告白されて断る人類なんていませんよっ」
「はは、大きく出たな」
そんなやりとりをしながらも僕は会長に手を差し出し、申し訳なさそうに伸びてきたそれを掴んで立ち上がらせる。……僕の手をすっぽり覆い隠せそうなほど大きく、存外骨ばったそれと恋人として繋ぐ日が来るかもしれないと想像しただけで胸が震えた。
「すまない、手間をかけた」
「いえ!」
さすがにその場で手をつなぎ直す勇気はなく、会長が無事に立ち上がれたことを確認してからさりげなく離す。
「……それでは」
これ以上道の真ん中で立ち話するのも良くないだろうと再び歩き始めたところで、徐に会長が言う。
「今から俺たちは、恋人同士ということで良いのだろうか」
「……あ」
そうだ、好きだと言われたことについては僕も会長と同じ気持ちだと伝えたけど、付き合ってほしいというのに関しては何も返事をしていなかった。……そういう詰めの甘いところも僕がポンコツたる所以である。
「……僕で良ければよろしくお願いします……」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。……東山で良いんじゃない、東山が良い、君じゃなければ俺は誰とも付き合いたくない」
「うぅ……」
あまりに直球な表現に全身がカッ、と燃えるように熱くなり、当然顔も真っ赤になっているだろう。
「東山は、俺のことを大事に思えそうか?」
「そっ、それはもちろん!」
会長の方は、さっき書いたアンケートを引き合いにまるで茶化すような物言いをするけど──赤みがさした目尻からこれは僕の緊張を和らげるために敢えてやっているんだと気づく。
──自分も座り込んじゃうくらいいっぱいいっぱいなのに僕のことを考えてくれるなんて……!
「会長のこと、一生大事にします!」
「それはプロポーズととっても良いのか?」
「え?──そんな恐れ多い!!」
口走ってしまってから言葉の重みに気づいて慌てて首を振る。お付き合いが始まってから数分で一生を語る恋人なんて重すぎるだろう。……でもそうだな、一生は言い過ぎにしてもせめて僕も会長も大学生になるくらいまではお付き合いを続けていきた──……
『“思慮深くお互いを高めあえる相手”と書いた』
──と、会長が書いたというアンケートの内容を思い出す。
──僕は思慮深くなんかないし、会長のおかげで生徒会副会長として少しは成長出来ているとは思うけど、僕の方はこの完璧な人に何も与えられていない。
さらに会長は僕のことを好きになってくれた理由について“一生懸命で周りへの気遣いを忘れない”と言ってくれたけど、それは要領が悪くてばたばたしているだけだしさっきは小川さんの仕事のことをすっかり失念していた。
──電話一本かけるのにも大騒ぎするし、僕の作った会議録からは二人の参加者が抹消されるところだった。
──あれ?僕がそんなポンコツだってバレたら、会長の僕を見る目も変わっちゃうんじゃ……!?
『君は思っていたよりも浅慮だったようだ、別れよう』と冷たい視線で言われているところが容易に想像できた。お互いが大学生になるまではお付き合いを続けたい、なんて思ったけど場合によっては明日会長の前で何かやらかして振られるパターンもおおいにある。せっかくずっと好きだった人とお付き合い出来たのにそんなの嫌だ……!
「──もうここまで来てしまったか。君の家は確かここを右に曲がったところだったな」
「え?そうですけど……」
「よし」
「会長……?」
話しているうちに分かれ道まで来てしまったようだ。自分の家と違う方向なのに迷わず僕と同じ道へ曲がろうとする会長に首を傾げる。
「どうしてそちらへ行こうと……?」
「ん?恋人を家まで送るのは当然だろう」
「会長にそんな手間をかけさせるわけには!……というか、色々あり過ぎてちょっと心を整理したいので今日はここまでにしていただけるとありがたいです……!」
「……そうか」
恋人、と言う響きに舞い上がってはいよろこんで!と食い気味に返事しそうになるのを慌てて抑えてそう伝えると、安西会長も思うところがあるのか合点がいったというように頷いてくれる。
「このタイミングで君と離れるのは名残惜しいが……今日のところは解散としよう」
「はいっ。……えっと、明日また、お会いできるのを楽しみにしてます……!」
「……俺もだ」
「……えへへ……」
不意に流れた甘い雰囲気にくすぐったくなって思わず照れ笑いをこぼすと、安西会長も瞳を蕩けさせて応えてくれる。ああなんかこれすごく恋人同士っぽい、寝る前に思い出してベッドの上でのたうち回るやつ……!
「それじゃあ、ここで失礼します……!」
「ああ、気を付けて帰るんだぞ」
「はい!会長もお気をつけてっ」
そう頭を下げて一人で角を曲がり、途中で振り返ると安西会長が立ち止まったまま僕を見送ってくれていた。そこから少し早足で歩き次の角を曲がってこっそり今来た道を覗き──歩き出した背中を確認して、ようやく安西会長と付き合えた喜びを表現出来る!とスキップを踏もうとして──足がもつれて盛大にすっ転んだ。
「いたい……」
──こんな情けない姿、とてもじゃないけど会長には見せられない。
──出来るだけ長くお付き合いを続けるためにも、絶対に僕がポンコツであることを隠し通さなければならない。
──それこそ、何を犠牲にしてでも……!
その場を立ち上がり確実に血が滲んでいるであろう両膝を擦りながら、僕は強く心に誓うのだった。
◇◇
「──ただいま帰りました」
「おかえりなさい修哉。……何か良いことでもあった?」
「……分かりますか?」
「ええ、口角が上がってる。いつもそんな表情ならもっと素敵よ」
「ふは、善処します」
出迎えてくれた母にそう声をかけられ、具体的に何があったとまでは言わずに早足で階段を上がり自室へ向かう。ドアを閉めて念のため周囲を見渡して完全に一人になったことを確認すると、片手で小さく拳を作って「……っし」とガッツポーズを決めた。
──まさか東山と付き合うことが出来るとは。
──しかもプロポーズまでされてしまった。録音しそびれたのだけが悔やまれるが……。
友人や家族にはよく“鉄仮面”などと揶揄され、自分でも表情に乏しい方だと分かっているが彼が関わった途端にいつの間にか笑みがこぼれてしまう。
──俺が会長を務める生徒会で副会長としてその手腕を振るってくれている後輩──そして本日から恋人同士となった──東山 優真は正直言ってあまり器用な方ではない。
今日の生徒会の活動でも何やら熱心にパソコンに向き合っているとさりげなく見やれば委員長会議の議事録で校長の総括の言葉を慌てて打ち込んでいたし、おや、風紀委員会の発言が載っていないな、欠席だったのか?と思った数十分後にはメモ帳を傍らに血相を変えてキーボードを叩いていた。
──校則の改定についての確認も取れていなかったようだし、電話が苦手な彼がパニックになる前に手を打っておいて良かった。
本人には“たまたま通話する機会があった”と言ったが本当は電話が苦手な彼のことだから後で泣くことになるだろうと踏んで、生徒会室へ行く前に校長に連絡しておいたのだ。
──東山じゃなければ駄目というわけではなかったし、電話のひとつくらいは代わってやっても良いじゃないか。
──彼はそれらの不得意を補って余りあるほどの努力を重ねているのだから。
“他人よりも不器用である”という自分の性質にちゃんと向き合い、痛い目を見る度にどうすれば周りに迷惑をかけずに済むかと試行錯誤してきた賜物か、まだ右も左も分からない一年生への指導も単純明快で的確だ。自分も後輩を導く立場としてそんな東山の立ち回りを参考にしようとはじめは遠目から観察していたのが──失敗してもめげずに気丈に振る舞い、困っている者にも迷わず手を差し伸べる姿に恋心を抱いたのはいつのことだったかもはや覚えていない。
──生徒会の仕事ももっとフォローを入れてやりたいが……。
俺の次の生徒会長は是非彼に任せたいのでそのために必要なことを今のうちに体で覚えてほしいというのと、東山本人が自分が不器用なことを隠したいようなのでそこを無理やり手を出してしまうと嫌われてしまいそうで、あまり公然と出来なかった。
──だけど、今回恋人としての付き合いが始まったことで思う存分甘やかすことが出来る。
今日東山が書いていたアンケートによると、恋人には甘えたいタイプだということが分かった。あれは非常に有益な情報だった、生徒会の先輩として首を突っ込み過ぎるのは良くなくても、恋人としてだったらいくら甘やかしても良いということだ。
──あのアンケートが載った広報誌が校内に出回る前で本当に良かった。
──東山を密かに慕う輩たちの目に触れようものなら男女問わず“我こそは”と彼に殺到して目も当てられなかっただろう(なんて心情を本人に聞かれたら『僕がそんなに人気があるわけないじゃないですかっ』なんて言われそうだ)。
“恋人”という大義名分を得た俺にもう怖いものはない。さて明日からどうやってあの甘え下手な後輩を可愛がってやろうか。