1
 「小川さん、生徒会広報誌に載せる会長へのアンケートはどうなっているのかな?」
 「そ、それがまだアンケートの内容が思いつかなくて……」
 「思いつかない?締切まで二週間切っているのに?君は今日まで何をしていたのかな?」
 「すみません……っ」
 「謝る暇があるのなら今すぐ会長に渡すアンケート用紙を作るべきだと思うけどね僕は」
 「……っ」
 「──お話中失礼します」

 言ってることは分からなくはないものの明らかに悪意のある詰め方をしている先輩と、今にも泣きそうな後輩の間に入りなるべく人の良い笑顔を作る。

 「東山副会長……」
 「小川さん。アンケート、一緒にやってみようか」
 「……一緒に、だって?」

 後輩の彼女に一緒にやろうと声をかける僕を、先輩の彼がすぅ、と目を細めながら嗜めるように声を上げる。

 「些か甘やかし過ぎじゃないかな?広報誌に載せる生徒会長へのアンケート作りは代々一年生がやる伝統だよ。僕たち──そして東山くんも、みんな通ってきた道だろうに」
 「お言葉ですが先輩、去年僕たちは伝統だからと丸投げされてすごく苦労しました。一年生にとっては最初の仕事で右も左も分からないのは当たり前ですし、ある程度は二、三年生でフォローしてあげるべきかと」
 「……そこまで言うのなら勝手にすれば良いさ。僕らの仕事の妨げにならない範囲でやってくれよ」
 「はい、承知致しました」

 他のみんなが見てる前で言い返されて居心地が悪くなったのかそそくさと部屋を出て行く先輩を見送るのもそこそこに、後輩の彼女が駆け寄ってくる。
 
 「副会長すみません、何から手をつけて良いか分からなくて……」
 「こちらこそ、困ってるの気づけなくてごめんね。取り急ぎ去年のアンケート内容と段取りをまとめたメモが僕のスマホに残ってるはずだからメッセージで送っておくね。無事に終わったら、来年以降の新入生たちに向けてマニュアルを作ろう。それから先輩の言っていたことも間違いではないから、次から進め方の分からない仕事はちゃんと顧問の先生か上級生に相談すること」
 「はい!」

 ほっとしたように頷いて自分の席へ行きスマホを取り出して僕からのメッセージを待つ彼女に、隣に座る別の後輩が声をかける。
 
 「小川、アンケート大丈夫そう?」
 「うん。東山副会長が今からやり方のメモ送ってくれるって」
 「良かったー、さすが副会長」

 後輩たちのひそひそ話を背にスマホのメッセージアプリを開いて彼女に今言ったメモを送ろうと操作をして──凍り付いた。

 ──うわっ、小川さんと間違えてお母さんに送っちゃった……!

 「……ごめん小川さん、ちょっと内容に不備を見つけたから修正だけしちゃって良いかな?」
 「あっ、分かりました!」

 なんとかそれらしい理由を作って時間を確保してから──既読が付くなりすぐ『今日の夕飯はすき焼きだから早く帰っきてね、副会長』なんて茶化してくるお母さんの返信をスルーして──今度こそ小川さんに送信した後に心の中で頭を抱える僕だった。

◇◇

 この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真(ひがしやま ゆうま)の評価は、自分で言うのもなんだけどかなり良い方だと思う。

 「副会長、うちら一年が困ってたらすぐ駆けつけてくれるし、先輩にも毅然と言い返せるなんてかっこ良いよねぇ」
 「うんうん。しごできな上に優しくて強いって完璧だよねぇ」
 「分かるー。あれ?あの作業どこまでやったっけ?って思い出した頃には東山がもう終わらせててお前忍者か!って何度突っ込んだことか」
 「わっ、先生!」

 雑談に講じつつ手ではしっかり仕事を進める彼女たちは声を潜めてるつもりなんだろうけどしっかり僕の耳にも届いていてなんだかむず痒い。……そこに生徒会顧問の先生まで混ざるのは違う気がするけど。というか先生、そこに居たのならあなたが一年生と三年生の間に入るべきでは……。

 「まぁ正直、最初は影が薄すぎて“あんなやつ生徒会にいたっけ?”って思ってたけど」
 「副会長、すごく仕事出来るのにあんまり目立たないですもんね……」
 「そうそう。生徒会(ここ)ではなんか東山だけ平々凡々としてて印象に残りにくいっていうか。あっ、俺が影が薄いって言ったの本人にはナイショな?」

 ──いやばっちり聞こえてるんですよ。

 それは僕だって、このなぜか美男美女揃いの生徒会役員の中で自分だけこれと言った特徴のない見た目だなとは思っていますけど。
 
 「でも間違いなく、東山副会長は生徒会にはなくてはならない存在ですよ」
 「うんうん、会長もすっごく頼りにしてるの分かるし」
 「会長(アイツ)、次の生徒会長選挙の候補者に東山を推薦するらしいぞ」
 「えーっ!そしたら私絶対に東山副会長に投票します!」
 「右に同じです!次の生徒会長は東山副会長しか思いつきません!」

 “次の生徒会長”。
 そんなワードが聞こえてきてパソコンのキーボードを打つ手が一瞬だけ止まる。

 ──後輩に優しく、先輩にも毅然と意見を言うことができる。
 ──仕事も出来て、現生徒会長からも信頼されている次期生徒会長の最有力候補。

 顧問の先生を含めた生徒会のみんなの僕の評価はだいたいこんな感じだ。……だけど、と思わず項垂れる僕。

 ──僕、みんなが言うほど仕事出来ないんだよなぁ……!!

 冒頭の小川さんとお母さんを間違えてメッセージを送ってしまったことからもお察しの通り、僕はどこか詰めが甘いというか抜けてる部分が多くて本来ならとてもじゃないけど“仕事が出来る”とは言えない。みんなが僕は仕事が出来ると思ってくれているのはこの優秀な人材揃いの生徒会役員の足を引っ張らないように、どうすれば合理的に動けるか常に頭をフル回転して動き続けた結果で──つまりはただの根性論である。

 ──これも、本当ならとっくに共有出来ているところなのに……!
 
 今だってすました顔でキーボードを叩いているけど、こないだやった委員長会議の議事録を作ったら校長先生の最後の言葉を入れ忘れていたことにさっき気づいて内心慌てふためきながら修正していたところだ。
 
 ──こんな僕が次の生徒会長?
 ──むりむりむりむり、荷が重い!

 自分のミスをカバーするのに精一杯で後輩一人の仕事の進捗も気にしてあげられなかった僕に全校生徒の代表なんて務まるわけがない。仮になったとしても演説で何かものすごいヒワイな言い間違いとかしてすぐにボロが出て失望されるに決まってる。そもそも僕が生徒会に入ったのは会長になってこの学校を盛り上げていきたいとかそんな高尚な目的は一切なくて、ただなんの取り柄もない自分にひとつでも誇れる肩書きが欲しかったというのと大学受験でちょっと有利になれば良いなーという完全なる下心からである。

 ──やることが多くてしょっちゅう学校内を駆けずり回ってるけど生徒会(みんな)に貢献出来てる気がしない。今の会長の任期が終わったら適当に理由をつけて辞めちゃおうかな……。
 ──でもそれまでは目の前の仕事に集中しなきゃ……!今日は議事録(これ)と小川さんのアンケート作りのフォローと……他に何か急ぎの仕事はあったっけ。
 
 「……う”ぁっ」

 うっかり忘れてしまわないようにと普段からその日やらなきゃならないことを書き留めてある手帳を開いて今日の日付のところを見ると、“校長先生”とでかでかと書いてあるそれに思わず短い悲鳴が口をつく。

 「副会長、どうかしました?」
 「う、ううん。なんでもない、ごめんね」

 ──し、しまったぁあ……!

 先日決まった校則の改訂を進めるにあたって、校長先生に確認しなくちゃいけないことがあるのをすっかり忘れていた。今後のスケジュールを考えると手帳にある通り今日中に聞かなきゃだけど、確か今日は姉妹校で講演があるとかでこの学校には居ないんだよな……。仕事用のスマホを持ってるはずだし僕のそれに番号も登録してあるけど、僕は電話が大の苦手で何を話すか台本を書いたり覚悟を決めるためにその辺をうろうろ歩いたりしてかけるまでに二十分はかかる。

 ──そんなことしてる時間ないよ……!
 ──メール……はいつ返事が来るか分からないし、ここは勇気を出してぶっつけ本番で校長先生に電話を……やっぱり無理!!

 忘れないように書き留めていてもそれをこまめに見返さないと意味がない。ああ僕はなんでこんなに無能──いやせめて可愛く──そう、ポンコツなんだ。こんななら今の会長の任期が終わるまではなんて言わずに今すぐにでも辞めた方が──……

 「──あっ、会長、お疲れ様です!」
 「……会長……!?」

 己の情けなさにいよいよ涙がこぼれそうになったその時、生徒会室のドアが開かれる音と同時に小川さんの声が聞こえて、そちらの方をがばっと振り返る。

 「──遅れてすまない」

 軽く頭を下げながら中に入ってきたのは小川さんが呼んだ通り、最上級生でありこの学校の生徒会長──安西 修哉(あんざい しゅうや)先輩だ。
 癖のない青みがかった艶やかな黒髪に、精悍という表現がしっくりとくる凛々しい顔立ちの美形。168センチの僕より15センチは確実に高い長身からなるスタイルの良さも相まって、実はモデルやってますとてきとうな紹介をしてもすぐに信じてもらえそうである。

 「か、会長、お疲れ様です!」
 「ああ。色々回っていたら時間が過ぎてしまっていた。東山、俺のいない間に何か変わりはあったか?」
 「いえっ、特に何もありませんでした」
 「そうか」

 僕の返答に安心したのか、形の良い口元が緩やかな弧を描く。不意打ちで向けられた微笑みにさっきまで出かかっていた涙がすっかり引っ込み代わりとばかりにきゅん、と胸が高鳴った。

 ──今日もかっこ良すぎる……!

 早々に自分の恋愛対象が同性だと自覚していた僕は、彼に抱くこの気持ちが恋心だと気づくのにそう時間はかからなかった。最初は下心で入った生徒会だけど、副会長という分不相応な肩書きを手に入れられるくらいまで頑張れたのはひとえにこの身も心も綺麗な人の役に立ちたいというモチベーションのおかげだ。

 「そうだ東山」
 「はい?」
 「先ほどたまたま校長先生と通話する機会があったのだが……ついでに例の校則の改訂についての確認も取っておいた。ある程度はこちらで進めて構わないそうだが、文章化した際に細かい言い回しなど気を付けなければならないので最後にそこだけ確認させてくれとのことだ」
 「……えぇっ!?」

 さて秘かに思いを寄せる人の登場で勇気をもらえたことだし腹を括って校長先生に電話をしなければ……と重い腰を上げようとしたところでどうやらその必要はなくなったらしいことが分かり、思わず驚愕の声を上げる僕に何か誤解してしまったのか、彼は気まずそうに声を潜める。

 「すまない、予定を狂わせてしまっただろうか」
 「と、とんでもありません!お手数おかけして申し訳ないと……」
 「大した手間はかかっていない。それに──自分の仕事と並行して他の者のことも気にかける──君がいつもやっていることだろう?」
 「……っ」

 そうなんてことないように言って、どこかいたずらっぽい雰囲気を漂わせる彼に抗いようがない色気とときめきを感じてしまって言葉を失う。これじゃダメだ、せめてちゃんとお礼を言わないと。

 「あ、ありがとうございます……とても助かりました」
 「役に立てたなら良かった」
 「……あっ」

 どうにかお礼を言った僕を見て満足そうに頷いた後に自分の机に戻ろうとする彼にアンケートに答えてもらわないといけないことに気づき「会長!」と呼び止める。

 「生徒会の広報誌に載せる会長へのアンケートのことなのですが……」
 「ああ、あれか。……二年前にそのアンケートを担当した時はまさか俺が書く側になるとは思わなかったよ。今なら手が空いているからすぐにでも記入出来るが」
 「今小川さんにアンケート用紙を作ってもらっているので書いてもらうのは明日以降になるかと──」
 「東山副会長っ、データ出来ました!確認お願いしますっ」

 最後まで言いきる前に作業を終えたらしい小川さんの声がかかって、彼女の使うパソコンまで見に行く。

 「──……うん、上手に出来てる。去年の項目を丸写しにしないでちゃんと新しい質問を入れてるのも良いね。これならそのまま会長に送っても大丈夫」
 「はい、ありがとうございますっ。メモとても分かりやすかったです!」
 「それは良かった」
 
 ──小川さん、ちょっと報連相が苦手だけどやるべきことが分かれば迅速に仕上げて持ってきてくれるんだよな。
 ──あの先輩より早く僕が気づいて声をかけてあげればあんな悲しそうな顔をさせなくて済んだのに……!本当にごめん、小川さん……!!

 可愛い後輩がもう二度と必要ないことで傷つかないように、この広報誌の仕事を通して生徒会の運営に必要なスキルをしっかり教えていかなければと気を引き締めたところで、僕と小川さんのやりとりを見ていたらしい安西会長が「ほう」と声を上げる。
 
 「小川の仕事を手伝ってやっていたのか?君は確か、広報の南條の方のフォローにも入っていただろう」
 「そっちは昨日一段落しました。あとは南條先輩お一人でも大丈夫だそうです」
 「そうか。君は確かに仕事を早く確実にこなせるが、そんなに抱え込んで無理していないか?」
 「抱え込むだなんてそんな、小川さんに関しては去年書いたメモを渡しただけですから」
 「それ以外にも細かいサポートが色々あるだろう。君は優秀故に頼られ過ぎるからな、時には引き受ける仕事を選ぶことも大事だぞ」
 
 君は優秀故に、のところで、視界の端で顧問の先生や一年生たちがうんうんと頷くのが見えた。「肝に銘じます」と頭を下げるのもそこそこに、自分のパソコンの前へ戻る。

 ──安西会長だってたくさん仕事を抱えているはずなのに……!

 他の役員は生徒会長はもちろん僕のことも仕事が出来るだとか生徒会にはなくてはならない存在だとか言ってくれるけど、本来それは彼だけがもらうべき評価だ。僕なんかちょっと気を抜くと──なんなら気を抜かなくてもすぐ何かやらかしちゃうし、僕がある日突然生徒会を辞めたとしても覚えが早くて優秀な一年生たちが問題なく業務を回してくれるだろう。なんか自分で言ってて悲しくなってきた……、と鬱屈とした気持ちでようやく修正の終わった議事録の最終チェックをしようとすると、画面の下の方のメールのアイコンに“1”とマークが付いた。

 「小川さんから新着メール……?」
 「はい!アンケート、会長と同じ内容のものを東山副会長にも書いてもらわなきゃので一緒に送信しました!お二人ともよろしくお願いしますっ」
 「僕も?」

 ──そういえば、毎年この時期に出す生徒会広報誌に載せるアンケートは会長だけでなく副会長にも答えてもらっていたっけ。
 ──つい去年は僕がその担当をしていたはずなのにすっかり忘れてた。

 「ちょうどいい。東山も手が空いたなら一緒に書こう」
 「は、はい!」

 まだ議事録の最終チェックが終わっていないけど、このアンケートはそんなに時間がかからないだろうし変に後回しにするよりも今ここで会長と一緒に終わらせてまとめて提出した方が小川さんも助かるだろう。そう結論付けた僕は早速議事録を一旦保存して小川さんが作ってくれた書式を開く。えっと、さっき確認したアンケートの内容は確か……。

 「“好きな食べ物と嫌いな食べ物は?”、“座右の銘はなんですか?”……」

 ──この辺は去年僕が考えたものがそのまま使われているんだよな。
 ──“宝くじの一等が当選したら?”とかは小川さんのオリジナルだ。他には……

 「“好きなタイプを教えてください”、“初デートはどこに行きますか?”、“恋人に対して甘えたい?甘やかしたい?”……好きなタイプ……?」

 声に出して読み進めていくとチェックした覚えのない質問が続き首を傾げる。
 
 「小川さん、これ……」
 「ほう、今年はそういったことも聞かれるのか」
 「会長は女子生徒の人気がすごいので、せっかくだから恋愛に関する質問を入れておこうと!……正直この辺は副会長に止められるかなって思ったんですけど、OK出してもらえて嬉しいですっ」
 「僕がOKを……ああ……」

 ──そうか、さっきチェックの時見逃しちゃったんだ……。

 本当言うとこういうのは風紀委員あたりが“不純異性交遊を助長する”とかなんとかうるさく言ってきそうだから出来れば載せたくない。それにこれらの質問はさっきのデータになかったと指摘しようとしたけど、小川さんの様子からしてこれに関しては僕の確認漏れだ。会長が良い感じに遮ってくれて良かった、そのまま指摘してたらデータのチェックもろくに出来ないポンコツだということが露呈してしまうところだった。

 「これくらい柔軟な方がみんなも楽しいだろうからね」
 
 なんてそれっぽい理由を並べると、「さすが副会長!」と目を輝かせる小川さん。まあなんか言われたら僕が対応すれば良いし、やるからには楽しんで書こう、とキーボードに手をかける。

 ──好きな食べ物はオムライス、嫌いな食べ物は卵かけご飯。
 ──座右の銘は七転八倒……じゃなくて七転八起。
 ──好きなタイプは安西生徒会長……なんて書けるわけないから“お互い大事に思い合える人”……っと。
 ──恋人には甘えたいかって?それはもちろん甘えたい。相手の前でうっかりポンコツを発揮しちゃっても“しょうがないな”なんて言いながらも優しく包み込んでもらいたい。出来れば安西会長に……なんてっ。
 
 「楽しそうだな、東山」
 「うわぁっ!?」

 アンケートの記入に夢中になっている間に会長がこちらまで来ていたらしく、気づいた時には僕のすぐ後ろから画面を覗き込んでいた。

 「好きなタイプは“お互いに大事に思い合える人”、か。良い答えだ」
 「は、はい。強いて言うならそうかなって。会長は何か僕に御用でしたか?」
 「いや?君と一緒に書いてると思うと楽しくなってきてな。単に遊びに来た」
 「遊びに……」

 ──何その男子高校生みたいな理由──いや会長も立派な男子高校生なんだけど──……そこもギャップがあって良すぎる……。
 ──いやときめいてる場合じゃない、会長の遊び心に僕も応えなければ。
 
 「会長はなんて書いたんですか?」
 「俺か?俺も強いて言うならだが……“思慮深くお互いを高めあえる相手”と書いた」
 「思慮深い、ですか」

 なんてことないように返されたそれは、当たり前ながら僕は当てはまらない。僕は思慮深いとは対極のところにいるし、高め合うどころかいらぬ失態をして相手をひきずり下ろしちゃいそうだし。

 「──お、書けたみたいだな。東山の恋愛観、製本版が来たら熟読するとしよう」
 「ちょっと、恥ずかしいからやめてくださいよっ」
 「はは」

 ──とは言ったものの、僕も広報誌が出来たら会長の書いたアンケートを暗記するくらい読み込んじゃうと思うけど……。
 ──いやいや僕“も”ってなんだ。会長のはただの冗談なんだから僕と一緒にするのは違うって!

 「小川、アンケートの記入が終わったから君に送っておくぞ」
 「はい!」
 「あ、僕も送信しとくね」
 「分かりました!」
 
 自分の席へ戻り椅子に腰かけながら小川さんにそう声をかける会長に僕も続いて、アンケートを送信する。
 さて改めて委員長会議の時の議事録の最終チェックを、と再びそのファイルを開いたところで──とんでもないミスに気づいてしまった。

 「……う”ぁっ」
 「東山?」
 「え、えっと……」
 
 本日二度目の短い悲鳴を上げる僕に、安西会長が心配そうに声をかけてくれる。

 ──議事録、校長先生だけじゃなくて風紀委員長の発言も丸々省いた状態で書いてる……!
 ──特に実になるような発言してなかったもんなぁ、あの人……じゃなくて!!

 校長先生の話の下りは最悪忘れたままでも、温厚な方なのでちゃんと謝れば許してもらえた。でも風紀委員(あそこ)はまずい、ただでさえも服装に関する厳しすぎる校則を和らげようとしてることで生徒会はふんわり嫌われているのに、風紀委員長の発言を会議録から抹消したとなればいよいよ全面戦争に発展してしまう。僕がポンコツなばっかりにそんなことになったら目も当てられない、何を犠牲にしてでも修正しなければ。

 「どうした、何かあったのなら俺も手伝──」
 「だっ、大丈夫です!ちょっとくしゃみが出ただけでっ」
 「そうか?でも」
 「本当に大丈夫なので!」

 手伝いを申し出てくれようとした会長を半ば無理やり制したことに若干の罪悪感が湧くけど、こんなこと正直に言って信頼を失えば今後の仕事に影響が出てしまう。
 
 「まあ君が大丈夫と言うなら……」
 「はいっ」
 「何かあればすぐに呼ぶんだぞ」
 「はいっ」
 「それと東山、今日の活動が終わったら二人で帰ろう」
 「はいっ……二人で、ですか……?」
 
 これ以上追及されたくないあまりに食い気味に返事をしていたけど、聞き捨てならないお誘いに目を見開く。

 「ああ。君に少し話がある」
 「話……?」
 
 ──まさか会長、(図らずも)僕が風紀委員会に喧嘩を売ろうとしたことに気づいて生徒会副会長をクビにする気とか……!?
 ──どうしよう、聞きたくない。でもどっちみち辞めようと思ってたしクビならそれはそれで──良いわけがない!好きな人に拒絶されるの単純に辛い!!
 ──というか、それまでにこの作業終わる……!?
 
 「ゴールデンウィーク終わったら次は体育祭かぁ。うちの学校は秋じゃないんだね」
 「秋にやると文化祭と被って生徒たちが大変だろうって、東山が進言して今年から五月になったんだよ」
 「えーっ!さすが次期生徒会長っ」
 「しごできなのは知ってたけどそこまでとは……!」

 ──ああっ、そうこうしてる間にまた身の丈に合わない過大評価が……!
 ──その次期生徒会長、たぶんもうすぐクビになります!……あと今さら聞けないんだけど、しごできって仕事が出来るっていう意味であってる!?
 
 ノートに残したメモ書きを手元に置いて、それを頼りに必死に風紀委員長の発言を思い出して画面に打ち込む僕をよそに、顧問の先生と後輩たちは和気あいあいと仕事を進めるのだった。