君の匂いを知っている



「帰りたくないなぁ……」

 バイト帰り、暗くなった公園の滑り台に転がる。受け入れらないことは子供の頃からずっとそうだったけど、今と昔じゃ状況も気持ちも違う。

 近頃、梛は生きている意味がわからなくなっていた。
 知らない人からは奇異の視線を浴びせられ、親戚にも受け入れられず良いように利用されている。
 いっそのこと死んでしまおうかと思って自分の体を傷つけてみたけれど、それはただ痛みを伴うだけで、結局死ぬことはなかった。

 ぼーっと、星に飾られた夜空を見つめながら梛は願い事を口にする。

「星になりたい」

 あの星になれたら、誰も困らせずに済むのに。星になれたら、綺麗だねーって思われる事しか無いから、だから俺は星になりたい。



「え、また居る」

 夜空を見上げる梛の視界に入ってきたのは、梛が本当は来て欲しかった人だった。

「……昴」

 あの時、昴に救われた事を本当はわかっていた。
 でも、家庭環境にも容姿にも頭脳にも恵まれた昴がどうしても羨ましくて素直に感謝する事ができなかった。
 感謝しないといけないとは思ってたのに、最後まで出来なかった。
 なのに、心のどこかではまた昴が助けに来てくれる事を望んでいた。

「なーにやってんだよ、家帰んねぇの?」

「帰んないよ」

「それなら野宿?」

「かもね」

 冷たく言い放つ梛に昴は「じゃー家来れば?」と笑った。あまりにもあっさりな言葉に驚いて起き上がる。

 思い出したかのように「梛、腹減ってる?」と聞かれて梛は「別に……」と呟く。が、梛の腹の虫が真実を訴えた事でその嘘はバレてしまった。ぐうぅっとタイミング悪く大きく鳴ったお腹を梛は恨んだ。

「アメリカンドッグ食う?」

「……食う」

「おー、一緒に食おうぜ」

 アメリカンドッグにケチャップをたっぷりかけて、勢いよくかぶりつく。甘くてもちもちした衣とウィンナーのジューシーさ、そしてケチャップの酸味が絡み合って疲れた体に沁みる。

 昴がアメリカンドッグを片手に「あのさ、梛の家って、学校とかバイト先とか近い?」と聞いてきた。

「あんまり。昴の家からの方が若干近いかも。駅近いしさ」

 梛が昴の質問の意図がわからないまま答えていると求めていた言葉を昴が口にした。

「帰りたく無いなら家来いよ。荷物ある?」

「最低限は」と梛が答えると、昴はニヤッと悪巧みを思いついたように笑い、梛の手を引いた。




 やっぱり昴は、俺のヒーローだ。昔も、今も、ずっと。