君の匂いを知っている


 今年のクリスマスは、雪が降らないんだろうなという予想は外れた。
 塾の帰りに家の近くにあるケーキ屋でクリスマスケーキを家族に買って、昴が店を出た時にはもう雪が積もるほどの大雪になっていた。

 スノードームのように、ほろほろと落ちてくる雪を眺めても何も起こらない。

 ぱっと見綺麗に見える雪も、実際は空気の汚れだらけ。恋人達に人気なデートスポットのイルミネーションだって、暗いはずの夜空を明るくさせるためだけにある星を隠すLEDライトに過ぎない。

 人間は偶像を愛する生き物で、自分が見たい物だけを信じて疑わない。

 道路は雪で凍りツルツルと滑る。寒風(かんぷう)が腫れた頬に張り付いて、ピリッと痛みが走る。傷が増える度に何度も、もう次からは断ろうと思っているのに、どうしても断れない。断る理由がないのだ。昴は誘いを断るのが下手で、理由がないのに断る事は無い。
 一昨日誘われた時だって、一時の関係なのだから仕方ないと思っていたのにどうやら誘った相手にとってはそうじゃなかったらしい。



 事後スマホをつついていると突然『私達、付き合うってことでいいんだよね?』と嬉しそうな顔をして腕にくっついてくる女に問いかけられた昴が『え、付き合わないけど』と言えばこの有り様だ。

 皆、自分の思い通りにいかないとすぐ手をあげる。付き合いたいなら、そう言わないとわからないのに。


 昨夜はかわいいね、と甘い言葉を紡いでみたけれど。それは単にその方が盛り上がるからってだけで本心なんかじゃない。皆に同じ事を言っている自分がクズだというのは昴が一番理解している。

 その証拠に、もう一昨日叩いてきた女子の顔は思い出せない。

 おそらく世間一般の人から見ると可愛いと言われる部類の女子だったのだろう。性格はさておき、顔だけは良い昴には顔が良い人が集まってくる。類は友を呼ぶのだから。

 
 昴は初めから恋愛にも、女の子と遊ぶ事にも興味など無かった。誘われたから、乗っただけ。

 流されてばっかり、だからこそ嫌われ役の人生だ。でも、それで良い。その方が割にあってる。