君の匂いを知っている


 学校が終わるなり、梛はまっすぐ電車に乗って家に向かった。
 まだ実里しか帰ってきていない家の鍵を開けて部屋で着替えてからずっと家の前でしゃがんで昴の帰りを待っていた。

 七時を過ぎると部活を終えたりさが元気よく帰ってきた。りさは部活終わりでもいつも通り明るく元気に見えた。「梛くん、帰ってきてたんだ! 何で外いるの?」

「うん、今朝帰ってきた。昴が帰ってくるの待ってる」

「お兄ちゃん、今日塾だからあと一時間くらいで帰ってくると思うよ!」

「わかった、ありがとな」

「あ、そうだ。夜ご飯はお兄ちゃんと食べる?」

 私はもうお腹すいちゃったからすぐ食べるけど……と言われて梛は頷く。「出来るなら昴と食べたい」

「わかった! お母さんに言っとくね」


 

 一時間経っても帰って来ない。もしかして昴は帰って来ないかもしれないという心配を胸にしゃがんで顔を膝を(うず)める。そんな梛を睡魔が襲う。
 うとうとする梛の鼻腔が甘い匂いで包まれた。

 程よく甘くて、安心する匂い。きっと俺はこの匂いをずっと知っていた。

「こんな所で寝てたら風邪引くだろ」

 帰ってきた、帰ってきてくれて良かった。泣きそうになりながら、笑顔になって「おかえり、昴」と梛は笑う。

「ただいま。ほら、家帰るぞ」

「運んで!」

 梛の我儘に昴は「仕方ねぇなぁ、ほら掴まれ」と簡単に応える。「やった! ありがと!」

 昴に抱き上げられた梛は「もしかして、ずっと待ってたのか?」と心配された。

「そう、ずっと待ってたよ」

「俺の事、避けてたんじゃねぇの?」

 図星を突かれて、梛はモゴモゴ言い訳を続ける。「避けてたのはそうだけど……嫌いなんかになってないし」

「結局何で避けてたんだよ」

 梛の部屋のベッドの上に降ろされる。言い訳しても逃げられないと本能でわかった。梛は正直に「昴の部屋にあった箱見ちゃって」と言った。

「はぁ?……あぁ、俺の病気だった時の日記とか?」

「へ……?」

 あっさりと言う昴が、理解できなかった。
 記憶障害で、記憶が抜けてるんじゃ?と思う梛の心を読むかのように昴は「部屋の片付けしてる時に思い出したんだよ。梛はそれ見て勝手に心配して、避けてたって事か」と説明した。

「……大丈夫。もう避けないよ、約束する」

 もう、梛はきっと昴から逃げない。もしまた昴の病気が再発したとしても、何があったとしても最期まで添い遂げると決めたから。


「本当もう避けないで、心臓に悪いから」

 その言葉に、冗談で返す梛は小さく笑う。

「えぇ〜、そうなの?」

 昴も少し笑って、それから真剣な目で梛を見つめる。

「そうだよ、梛の事好きだから」

 その一言に、梛の目は潤む。両思いだとわかった瞬間。ぶわっと顔を赤らめて、梛は昴の手を握り直した。
 二人の距離が自然と近付く。

 昴は梛の(ひたい)額に唇を落とした。(ひたい)から、鼻、唇と徐々に下に唇を落としていく。驚いたような顔をして直ぐに梛ははにかんだ。

「大好きだよ、昴」

 昴の声はまっすぐで、あたたかかった。
 梛はふっと笑って軽く背伸びをする。そして今度は自分から肩を重ねる。

「俺も好き、大好き」

 そうやって、手を絡めたままお互いの顔を見て笑い合った。