君の匂いを知っている




 まだ、昴が中学に入学して間も無い頃に学校から電話がかかってきた。
 昴君が倒れました、という電報だった。病院に搬送されたと聞いて、軽い物じゃないのだとわかった。

 仕事は事情を説明した同僚に頼んで、昴が搬送された病院へ急いだ。

 倒れた原因が疲労かストレスだとは思えなかった。意識を取り戻した後すぐに精密検査をしてもらう事になったのだが、原因は不明だった。

 前例があまり無い症状だと、医者には言われた。





 酷く絶望していた。唯一の希望である前例のあった昴と同じ症状の女の子は原因がわからないまま、もう既に亡くなっている。昴も死んでしまったらどうしようと、不安が何をしていても拭い切れなかった。

 大量の薬を投与されたり、食事制限もあった。ほぼ毎日点滴で繋がれていて、検査も毎日行われる。
 病院を抜け出す程の昴の苦しみをわかっていたくせに、逃げる昴を叱りつけて数回病院を変えた事もあった。

 色んな治療法を試すのは、昴にとって相当苦痛だった様で髪に白髪(しらが)が現れ出した。
 
 ストレスの現れである白髪を昴は嫌がっていた。誰かが面会に来たら明るく振る舞っていても、一人で病室にいる時はずっと落ち込んでいた。




 どれだけ検査を繰り返してもわからなかった原因が、偶然わかった。

 進行するにつれて、病気と薬の影響で記憶障害が起きたり、ひどい時には意識がなくなってしまうこともある不思議な病気だった。その病気は『神経再構築症候群』と名付けられた。
 脳の神経が傷ついたり修復しようとする時に、うまくいかず脳の働きが悪くなってしまう。それで記憶や考える力が弱くなったり、ひどい場合は動けなくなったりすることもあるらしい。


 手術は数時間に渡る大手術となった。
 しかし、手術は無事成功して、昴に出ていた症状は手術後ぱたりと出なくなった。

 手術の代償として、記憶障害は完治しなかった。昴との闘病生活中の記憶が完全に欠如していた。

 それでも、再発の恐れはあるから念のため毎月の通院を命じられた。しかし、五年ほどずっと症状は出ていない。

 昴の主治医も「この症例でここまで回復した例は聞いたことがない」と目を丸くしていた。