日曜の昼下がり、梛が昴の部屋でゴロゴロしていたその時、不意に棚の上から、箱がどすっと音を立てて落ちてきた。頭に鈍器をぶつけられたような衝撃が走った。

「いったぁ!?」

 突然の衝撃に苛立ちながら、飛び出た中身を箱の中に戻そうとしたのに手が動かなかった。

「なに、これ……」

そこにあったのは——大量の薬と、日記帳だった。見てはいけないとわかっているのに梛の指先はゆっくり日記へと伸びていた。







 日記という程の日記でもなかった。日付も書かれていない、ただの無地のノート1ページ1ページにぎっしりと昴の想いが綴られていた。





















 まだ、中学に入ったばかりだったのに。昴は体調を崩しがちになっていたのを、家族にも先生にも友達にも隠して笑って学校に行っていた。

 ただの体調不良だと言う思い込みと、心配をかけたくなかったが故に招いた不幸だった。

 昴は学校で突然倒れた。何かしていた訳でもなく、本当に突然の事だった。気付いた先生が救急車を呼んでくれて精密検査をする事になった。

『原因不明』

 どれだけ調べても、倒れた原因は不明だった。前例があまりない症状に焦る医者。初めてということは対処法がわからない。


——それじゃあ、治すことは出来ない。

 そう言われた。様子見として、入院しないといけないらしい。試行錯誤しながら、治療法を確立させるとか何だとか。




 ページをめくるごとに、昴の文字で辛かったこと、楽しかったこと、沢山書いてあった。毎日1ページずつ書いているようで、偶に下手くそな絵と一言コメントの時もあった。

 猫かうさぎが犬か馬かわからない動物の絵の横に、『なぎって子に会った』というコメント。

『病院を抜け出した時に公園でいじめられているのを見かけて、その子を守った。明日からいじめられなかったら良いけどなぁ』




 あぁ、俺が助けてもらったのって病院から抜け出してた時だったんだ。馬鹿みたいに優しい昴に呆れる。自分が病気なのに、いじめられっ子を助けるなんて。

 本当、馬鹿。大人しく病院に居ろよ。
 
 

 梛はまたページをめくる。

「は……?」

 視界の端が滲む。胸の奥がギュッと音を立てて縮んだ。


 今までの記憶が無くなるかもしれない。その文章だけが歪んだ視界の中ではっきり映った。
 どこが悪いのかが偶然検査でわかって、急遽手術をする事になった。記憶が無くなるという症状だけは今から手術をするのでは止められないと言われた。
 嫌なのに。

 そこから字が変わって、恒星さんが綴った物になっていた。

 昴は急に血を吐いて、緊急手術室に運ばれていった。手術は成功したと聞いたが、記憶障害自体は完全に防げなかったようだ。
 目を覚ました時家族の名前はわかってもここがどこなのかわかっていなかった。

 自分の名前と家族の名前以外知らないのに、急にベッドから起き上がって「なぎ、助けなきゃ」と口にして病室を出ていった。慌てて着いていった先には泣いている綺麗な顔の男の子がいた。

 でも昴が声をかけても何だこいつ、みたいな顔して去っていった。本当に知り合いだったのか、それとも昴の脳の一部が欠落してしまったのか。

 これから、どうなるんだろう。



 恒星さんの不安と絶望の文字が止まると、静かにページが終わった。