君の匂いを知っている



 梛の荷物を抱えた昴は「取り敢えず一回家に荷物置きに行こ、高校に持ってくわけにはいかないだろ」と梛に提案した。

「うん……けど、本当に良いの?」

「良いって何が?」

「実里さんとか、りさとか、昴のお父さんとかは……俺が住んでも平気なの?」

 梛が恐る恐る聞くと、昴はすぐに頷いた。実里もりさも、家族じゃない梛の事を大切にしてくれているとはいえ、家族の中に入り込むのは迷惑じゃないかと梛は心配していた。昴のお父さんとは会ったことがないから尚更。

「そもそも母さんとりさは、梛の事大好きだし父さんには話しておいたから」

「なんて言ったの?」

「もう一人家族増えるかもしれないけど良い?って」

 梛は、この時泣きそうだった。
 祖母がいなくなってからは家族らしい家族はもういなかった。これまで、家族として大切にされた事は一度しかない。もうきっと、大切にされる事は無いと思っていた。

「そしたら?」

「金に余裕はあるから全然良いぞーって」

昴の家族がこんなにも優しいことが、梛には信じられなかった。昴も、昴のお父さんも、本当に温かくて、こんな家族がいてくれることに感謝の気持ちでいっぱいになった。

 俺は、昴と出会えて本当に良かった。

 梛は深くそう思った。

「父さん、クールそうに見えてデレデレだから……梛、スマホぐらい軽く買ってもらえるんじゃね?」と揶揄(からか)うように笑う。

「それは流石にやばいって」

 他人にスマホを買ってあげられるなんて、昴のお父さんはどれだけ太っ腹なんだよ、と梛は内心驚く。

「本当に買ってきそうなんだよなー」

「申し訳ないから断っといてよ!?」

「わかってるって」と昴は梛の事をあしらいながら、家の鍵を差し込んでガチャッと回した。

「ただいまー」

 昴が作ったサンドイッチをもぐとぐ食べながら、実里さんが出迎えてくれた。

「おかえり、昴。また梛くんと一緒に帰ってきたの?」

「そー……梛も今日からここ住むから。父さんの承諾あり。」

 昴はそれだけ言って、自分の部屋に梛の荷物を運びに行った。

 実里はあらあら賑やかになるわねぇと穏やかな顔で微笑んで、洗面所からヘアアイロンを片手に出てきたりさは「そうなの!?」と驚く。

 実里から「一部屋、物置になってる部屋があるから片付けてそこ使ったらどう?」という提案をされた。

「片付くまで、しばらくは俺の部屋で寝れば良いよ」

 二人の言葉に頷いて、梛はほっと一息ついた。だが、突然視界が揺れ、昴の顔が歪んだ。立っていられず、ふらっと後ろに倒れそうになる。「梛!」というくぐもった声が聞こえ、次の瞬間梛は意識を失った。