12月は街中が輝いている。
きらびやかな装飾を身に纏った店先は大小違うが、これから迎えるイベントに合わせたディスプレイで飾られていた。
にぎわう人混みが気分を一層高揚させる。
浮かれ気分の俺は着慣れない洋服を身に纏(まと)ってそんな華やいだ街を颯爽(さっそう)と歩いている。
いつもよりおしゃれに決めた理由はただ一つ…
今日はデートだからだ!
思わず身体も心もスキップをして待ち合わせ場所に向かう。
残りわずかな高校生活を充実させようと友人に縋(すが)るように頼んで紹介してもらい、やっと出来た人生初の彼女。
意気揚々と待ち合わせのベンチに座り彼女を待つ。
少し早く来すぎたかな…
約束の時間より30分も早く着いてしまった。
手持ち無沙汰で周りを見渡すと仲良さげに歩くカップルが目に飛び込んでくる。ちょっと前の俺なら舌打ちをして羨ましそうに見ていたかもしれない。
しかしだ!今は目の前を楽しそうに行き交うカップルを見ても憎らしいとも別れてしまえ……な〜んて思わない。だって…自分も同じ同士だから♪
ワクワクする気持ちを抑えきれず、思わず笑みがこぼれる。
どこに行こうかな〜なんてあれこれ考えていると時間はあっという間に過ぎるものだ。
そろそろかな…
ソワソワしながら辺りをキョロキョロ見渡す。
そらしき人物は見つからない。
彼女。と言っても実はLINEを何度かした程度で実際会うのは今日が初めてで顔も知らない。
待ち合わせの時刻を過ぎても彼女は現れない。
準備に時間がかかっているのだろうか…?
スマホを取り出すと時刻は約束の時間を30分程過ぎた時刻を表示していた。
時間…間違えたか…?
LINEを送ってみる。が、既読はつかない。
落ち着きなく座ったり立ったりを繰り返す。
さらに30分が過ぎても彼女が現れる事はなくLINEの既読すらついていない。
何かあったのでは…?
と、心配してはみたものの連絡が取れないのでは仕方ない。
待つ事にした。
しかし、待てど暮らせど彼女が現れる様子はない。
「もしもし…」
「あんっ?どうした童貞。さっそく彼女に振られたか?」
(うっ……)
こいつに電話するんじゃなかった……
拳を握り怒りを抑える。
「今、何時だ?」
「はあっ?そんなのスマホ見りゃわかんだろ?」
「俺のスマホ壊れてるみたいなんだ…」
「あほか。じゃあ、なんで俺と通話できてんだ?」
「……だよな」
俺は苦笑する。
「19時」
スマホを見ると19時を表示している。
壊れているわけではなさそうだ…
「合ってる…」
「まだ来ないのか?」
「…うん」
「何時に待ち合わせした?」
「たぶん…17時…」
「たぶんって…お前ばかかっ?今、どこにいる?」
「駅前の噴水……」
場所を告げると電話は切られた。
呆れられたな…
寒空の下、ベンチに座って空を見あげる。
遅いな…冴木(さえき)さん…
この期に及んでもまだ彼女が来ると信じて待っている俺はやっぱりばかなのかな……
はぁぁっ……
吐く息は白く視覚でも寒さを感じる。
「さむっ…」
2時間以上もじっと座っていたからか、身体が芯まで冷えてしまった。
温めようと身体を擦る。
「お腹…すいたな……」
見あげる空には星が煌いていた。
さっきまでの浮かれ気分はどこへ行ったのだろう…
自分がつくため息とお腹の音が虚しく響き渡る。
帰らなきゃ…
わかっている。でも、足が…身体が冷え切ってしまって動いてくれない。
震える身体を両手で抱きしめる。
ズルっと鼻をすする。
「さみぃよ……」
肩を落とし頭を垂れる。
身体がガタガタと震える。心が…寒いと悲鳴をあげている。
その時…
ふわっと首にマフラーを掛けられた。
顔をあげると、千秋が立っていた。
「帰るぞ……碧」
電話を切った後、急いで走って来たのだろう。こんなに寒いのに千秋の額にはうっすら汗が滲(にじ)んで息もあがっていた。
見慣れた千秋の顔を見て気が緩んだのだろうか、視界がぼやけて見える。
「振られたのかな…」
落ち込む俺に千秋は首に掛けてくれたマフラーをそっと巻き付けながら
「そんなに欲いのか?彼女?」
愚問を問いかける。
「1人はさみしい季節だからな…」
華やぐ街を見渡しながら俺がそう言うと千秋は急に真面目な顔をする。
俺の顔をじっと見つめて
「恋人じゃだめか?」
意味のわからない事を言ってくる。
「…ん?」
「だから……彼女じゃなくて恋人」
わかりやすく言い直したつもりだろうが、増々意味がわからない。
「ばーか…同じだろ?」
彼女と恋人の違いなんてあるのか?
不思議そうな顔をしている俺に向かって
「……鈍感」
小さく千秋は呟いた。
そして、俺の腕を掴むと立ち上がらせる。
ぐぅ~〜…
俺の腹が鳴った。バツの悪い顔をする俺を見て
「くくっ…」
顔を赤くして千秋が笑う。
「ラーメンでも食って帰るか?」
ぽんっと頭を叩いて聞いてくる。
俺は黙って頷いた。
俺、岩瀬碧(いわせあおい)と篠崎千秋(しのざきちあき)は幼馴染だ。
平均の平均。いたって普通の俺と違い、千秋は上の上。いわゆる特上の部類に入る。
俺が日本人が誇る黒髪を盾にするなら、千秋はイギリス人のクォーターの血筋で髪は金髪に近い茶色の髪を剣にするだろう。母親譲りのぱっちり二重のせいか小さな頃から良く女の子と間違われた。男として可愛いとは屈辱的だが、一重の親父に似なくて良かったとその点は母親に感謝している。一方で千秋は、子どもの頃はお人形みたいねと言われる程のくりっとした大きな瞳に白い肌。それは18歳になる今も変わらず。少し茶色かかった瞳はビー玉のように透き通っていて綺麗だと思っていた。日本人離れしたこの顔で180cmを超えるのだから周りが放おっておくはずがないのだが…なぜか未だにきちんとした彼女がいないのが不思議である。
振られた夜に男ふたりでラーメンとは、我ながら笑える…千秋の横に並ぶと平均身長の俺は小さく見える。行き交う人が振り返る程のモデル級の千秋が羨ましい。今年こそはクリスマスを向かえる前に彼女ができると思ったのだが、やはり当分の間は無理そうだ…。
その後、俺は家に帰るのがイヤで千秋の家に半ば強引に押しかけた。
クシュッン…
「頭がぼっーとする…」
「ぼっーとしてんのはいつもの事だろ」
「それに…」
身体を抱いてぶるっとする。
「寒い……」
悪寒が走る。
「大丈夫か…風邪ひいたんじゃねぇのか?熱測れよ」
珍しく心配そうに千秋はそう言って体温計を差し出した。
脇にはさみしばし待つ。
機械音が鳴り脇から取り出して確認する。
「は!?うわっ…」
「貸せっ」
数字に驚く俺から体温計を強引に奪う。
体温計を見るなり、はぁぁぁ…と、千秋はため息をついき
「とりあえずこれに着替えて寝てろっ」
そう言って自分のスエットを差し出した。
「うん…」
素直に従いシャツを脱ごうとすると、千秋は慌てて俺から顔をそむける。
「ちょ…まて!ここで着替えんのよっ!?」
「じゃあ、どこで着替えんだよ…」
「わかった……」
千秋は身体を半回転させると
「早くしろ……」
完全に俺から背を向けた。
変なやつ…
そう思いながらシャツに手をかけると机に置かれた鏡越しに千秋と目が合う。
俺はニヤッと笑い
「…………千秋のえっち」
からかってみた。
「…っ…あのな〜っ!」
慌てる千秋は面白い。普段は物応じする事なく飄々(ひょうひょう)としているのだから、これは中々に貴重だ。もっとからかいたくなる。
「見たいならそう言えばいいのに。聖なる夜も近いんだから襲ってもいいぞ〜」
「……」
嫌みのひとつでも返してくるかと思ったが…
なぜか真面目な顔つきをしている。
「…ん?笑えよ」
「笑えねぇよ………」
「なんでだよ?」
「……」
どうして急に真面目な顔してんだよ…。冗談なのに…
「なあ!」
「……くだらねぇこと言ってないでさっさと着替えろ。薬持ってくるからその間に済ませて横になって寝てろよ…」
そう言って千秋は部屋から出ていった。
心なしか千秋の顔が赤くなっていたのは気のせいだろうか…
「あいつも風邪ひいたのか…?」
岩瀬碧は、すこぶる鈍感である……。
小さい頃は何度も一緒に風呂に入っていたのだから裸なんか見慣れているはずなのに…今はだめだ…
いつからだろう…碧を意識し始めたのは…
目が合って碧が微笑む度に胸が締め付けられる。他のやつと楽しそうに話しているのをみると苛つく。
これが恋なのだと気が付くのに数年の月日を要した。告白されてなんとなく付き合おうとした人は何人かいた。でも、碧といる時の楽しいとかドキドキする感覚は一切持てなかった。なにより、いつも碧と比べてしまう自分がいた。だから、全て断ってきた。
俺を引き取ってくれた叔母に話すと、『それは好きって事なんだよ。千秋』そう教えてくれた。
男が好きなわけじゃない。あいつが…碧が…好きなんだ…。
そんな事、碧に言えるわけがない。
言ってしまえば今までの関係が崩れてしまう。だったら今のままでいい…。
自分の気持ちは胸の奥にしまい込んで蓋をした。
これで良いんだと…
碧の隣に居る為には幼馴染の友達で居るしかない。これしかないんだと…
薬を持って部屋に戻ると、碧は俺のベッドに眠っていた。
傍らに座り額に触れる。
(熱い……)
時折苦しそうに顔を歪ませる。
すぐにでも薬を飲ませて少しでも楽にさせてあげたい。
「碧……」
声をかける。
「ん……」
虚ろな目で俺を見た。
その表情にドキッとしてしまう。
熱のせいで艶めいた顔は俺の心を鷲掴みにする。
当人はそんな気なんか微塵もないのに…
いけない下心を払拭するように頭を振る。
「薬、持ってきた。飲め」
「やだ…」
「はぁ?なんで…」
「苦いの…やだ……」
「ガキか…」
18にもなって苦いから薬がイヤとか…どんだけ甘やかされて育ったんだ…
ごほごほっ…。
つらそうに碧が咳をする。
仕方ない…
千秋は碧の肩に手をやり上半身を起き上がらせる。
「イヤでも飲まないと良くならないぞ」
「……絶対…やだ」
「ったく…」
千秋は、薬を自分の口に入れ水を含むと、唇を碧の唇に重ね薬と水を流し込む。
ごくんっ……
碧が飲み込むのを確認すると、ゆっくりとベッドに横たえた。
余程体調が悪いのだろう。すぐに寝息を立てはじめた。そんな碧を見つめる。
安心した表情で眠る碧に手を伸ばすと、そっと髪を撫でた。
「そんなに安心しきった顔すんなよ………本当に襲うぞ……」
まだ唇に残る碧の唇の感触がイケナイ想像をかき立てる。
今夜は、叔母はいない。
碧とふたりだけだ…
もう一度唇に触れたくて顔を近づける。
頬に触れ、唇を寄せた…が、唇が触れる寸前で碧から離れた。
微かに残った理性がそれ以上進むのを拒んだ。
「クッソ……病人相手に何やってんだよ……」
髪をかき上げる。
「最低だ……俺……」
ベッド脇に座り込み膝を抱えた。
篠崎千秋は、こう見えて一途で純真である……。
目が覚めた時、千秋はスマホで誰かと話をしていた。
「今は落ち着いて眠っています。もう遅いので今夜は家に泊めます…はい大丈夫です。…はい。では明日…」
電話を切ったあとテーブルに置いたのは俺の携帯だった。
「…だれ……?」
混濁する意識の中やっとの思いで言葉を発した。
「目…覚めたのか?」
俺に気づくと千秋は傍に寄ってきた。
「…う……ん」
「具合は…どうだ…?」
寒気は大分落ち着いた。起き上がろうとすると頭がぐるぐるする。
「まだ…頭が痛い…」
そっと千秋が額に触れる。まだ熱のある身体を確認すると
「無理すんな……」
そんな優しい言葉を掛けてくれた。
「うん…」
「お前の携帯に小夜(さよ)さんから電話かかってきたから出たぞ。今夜は家に泊めるって言ったから…」
小夜とは、俺の母親の事だ。おばさんと呼ばれるのを嫌う母は千秋に名前で呼ぶようにと言っていた。
「そっか…ありがとう…」
「ふっ…やけに素直だな……」
「……」
「話過ぎた悪い…寝てろ……」
千秋が優しいとなんだか戸惑ってしまう。
こんな千秋が見れるなら風邪をひいた事も悪くないかも…そんな風に思ってしまう。
今は千秋の言葉に従って眠る事にした。
再び碧が眠るのを確認すると、そっと床に布団を敷き横になる。
瞼を閉じても今夜は眠れそうにない。
久しぶりに碧とふたりきりの部屋で夜を過ごす。
碧を意識し始めてからは理由を付けては泊まるのを拒んでいたけれど今夜は仕方ない。
時間だけが過ぎて行く。
碧が寝返りを打つ度に碧の顔が視界に入り気になって眠れない。
ふたりきり…
そのキーワードが頭の中を駆け巡る。
どうしようもない感情に飲み込まれそうになるのを必死で堪える。
でもだめだ…
薬が効いたのか大分落ち着いている碧を置いて俺は部屋を出た。
「うっ……」
トイレの紙を丸めて流した。
今夜は麻子(あさこ)さんが居なくて良かったと思った…
熱のせいで赤く染まる碧の頬や艶めかしい唇を…薬を飲ませる為とはいえ重ねた唇の感触を思い出すと我慢ができなくなっていた。
抑えきれない衝動を1人トイレで処理するしかなかった…
碧には言えない…バレたらあいつはどんな顔をするか想像しただけで怖くなる。
情けないが、あのまま同じ部屋に眠るのは危険過ぎる。理性のタガが外れて何をしだすか自分でもわからない。
部屋に戻り毛布を手に取る。
ぐっすり眠る碧の顔を見ると罪悪感に苛まれる。
今夜はリビングのソファーで眠る事にした。
眠れない夜を過ごした。
ドア一枚隔てた向こうから時折聞こえる碧の咳や微かに聞こえる寝息にいちいち反応してしまううえに、無駄に広いリビングは毛布一枚では寒く仮眠程度の睡眠しか取れなかった。
「はあああ……」
大きなため息をつく。
言ってしまえば楽になるだろうか…
何度も悩み、考えた結論を覆(くつがえ)してしまいたくなる。
碧が同じクラスの大島に彼女を紹介して欲しいとしつこくお願いしていたのを知った時、やはり自分ではだめだと刻印を押された気がした。初デートが決まったと嬉しそうにしている時は絶望でしかなかった。と、同時にこれで良かったのだと思った。碧が幸せなら、笑っていられるならそれで良いと…
なのに、このザマだ。
腹立たしい事極まりない。
自分の気持ちを抑え、見守る決意をした矢先にドタキャンされ、挙げ句風邪をひかされるなんて…。ふつふつと沸き上がる怒りがまだ諦めきれない自分の感情を再確認させられた。
ゆっくりとソファーから立ち上がると部屋でまだ眠っている碧の元へと向かった。
起こさないようにそっと額に触れる。
薬が効いたのだろうか、熱は下がっていた。
眠る碧に向かって
「こんなに傍にいるのに…なんで気が付かねぇんだよ……」
絞り出すように呟く。
まだ起きる気配はない。
両手で碧の頬をそっと包み込む。
言わないと決めた言葉が喉まで出かかる。
言ってはだめだと…目を閉じる。
苦しい…
胸が張り裂けそうになる。
眠っている今なら声に出しても良いだろうか…
目を開けて小さく囁(ささ)く。
「……好きだよ…碧……」
千秋の告白は、碧の耳には入らなかった。
きらびやかな装飾を身に纏った店先は大小違うが、これから迎えるイベントに合わせたディスプレイで飾られていた。
にぎわう人混みが気分を一層高揚させる。
浮かれ気分の俺は着慣れない洋服を身に纏(まと)ってそんな華やいだ街を颯爽(さっそう)と歩いている。
いつもよりおしゃれに決めた理由はただ一つ…
今日はデートだからだ!
思わず身体も心もスキップをして待ち合わせ場所に向かう。
残りわずかな高校生活を充実させようと友人に縋(すが)るように頼んで紹介してもらい、やっと出来た人生初の彼女。
意気揚々と待ち合わせのベンチに座り彼女を待つ。
少し早く来すぎたかな…
約束の時間より30分も早く着いてしまった。
手持ち無沙汰で周りを見渡すと仲良さげに歩くカップルが目に飛び込んでくる。ちょっと前の俺なら舌打ちをして羨ましそうに見ていたかもしれない。
しかしだ!今は目の前を楽しそうに行き交うカップルを見ても憎らしいとも別れてしまえ……な〜んて思わない。だって…自分も同じ同士だから♪
ワクワクする気持ちを抑えきれず、思わず笑みがこぼれる。
どこに行こうかな〜なんてあれこれ考えていると時間はあっという間に過ぎるものだ。
そろそろかな…
ソワソワしながら辺りをキョロキョロ見渡す。
そらしき人物は見つからない。
彼女。と言っても実はLINEを何度かした程度で実際会うのは今日が初めてで顔も知らない。
待ち合わせの時刻を過ぎても彼女は現れない。
準備に時間がかかっているのだろうか…?
スマホを取り出すと時刻は約束の時間を30分程過ぎた時刻を表示していた。
時間…間違えたか…?
LINEを送ってみる。が、既読はつかない。
落ち着きなく座ったり立ったりを繰り返す。
さらに30分が過ぎても彼女が現れる事はなくLINEの既読すらついていない。
何かあったのでは…?
と、心配してはみたものの連絡が取れないのでは仕方ない。
待つ事にした。
しかし、待てど暮らせど彼女が現れる様子はない。
「もしもし…」
「あんっ?どうした童貞。さっそく彼女に振られたか?」
(うっ……)
こいつに電話するんじゃなかった……
拳を握り怒りを抑える。
「今、何時だ?」
「はあっ?そんなのスマホ見りゃわかんだろ?」
「俺のスマホ壊れてるみたいなんだ…」
「あほか。じゃあ、なんで俺と通話できてんだ?」
「……だよな」
俺は苦笑する。
「19時」
スマホを見ると19時を表示している。
壊れているわけではなさそうだ…
「合ってる…」
「まだ来ないのか?」
「…うん」
「何時に待ち合わせした?」
「たぶん…17時…」
「たぶんって…お前ばかかっ?今、どこにいる?」
「駅前の噴水……」
場所を告げると電話は切られた。
呆れられたな…
寒空の下、ベンチに座って空を見あげる。
遅いな…冴木(さえき)さん…
この期に及んでもまだ彼女が来ると信じて待っている俺はやっぱりばかなのかな……
はぁぁっ……
吐く息は白く視覚でも寒さを感じる。
「さむっ…」
2時間以上もじっと座っていたからか、身体が芯まで冷えてしまった。
温めようと身体を擦る。
「お腹…すいたな……」
見あげる空には星が煌いていた。
さっきまでの浮かれ気分はどこへ行ったのだろう…
自分がつくため息とお腹の音が虚しく響き渡る。
帰らなきゃ…
わかっている。でも、足が…身体が冷え切ってしまって動いてくれない。
震える身体を両手で抱きしめる。
ズルっと鼻をすする。
「さみぃよ……」
肩を落とし頭を垂れる。
身体がガタガタと震える。心が…寒いと悲鳴をあげている。
その時…
ふわっと首にマフラーを掛けられた。
顔をあげると、千秋が立っていた。
「帰るぞ……碧」
電話を切った後、急いで走って来たのだろう。こんなに寒いのに千秋の額にはうっすら汗が滲(にじ)んで息もあがっていた。
見慣れた千秋の顔を見て気が緩んだのだろうか、視界がぼやけて見える。
「振られたのかな…」
落ち込む俺に千秋は首に掛けてくれたマフラーをそっと巻き付けながら
「そんなに欲いのか?彼女?」
愚問を問いかける。
「1人はさみしい季節だからな…」
華やぐ街を見渡しながら俺がそう言うと千秋は急に真面目な顔をする。
俺の顔をじっと見つめて
「恋人じゃだめか?」
意味のわからない事を言ってくる。
「…ん?」
「だから……彼女じゃなくて恋人」
わかりやすく言い直したつもりだろうが、増々意味がわからない。
「ばーか…同じだろ?」
彼女と恋人の違いなんてあるのか?
不思議そうな顔をしている俺に向かって
「……鈍感」
小さく千秋は呟いた。
そして、俺の腕を掴むと立ち上がらせる。
ぐぅ~〜…
俺の腹が鳴った。バツの悪い顔をする俺を見て
「くくっ…」
顔を赤くして千秋が笑う。
「ラーメンでも食って帰るか?」
ぽんっと頭を叩いて聞いてくる。
俺は黙って頷いた。
俺、岩瀬碧(いわせあおい)と篠崎千秋(しのざきちあき)は幼馴染だ。
平均の平均。いたって普通の俺と違い、千秋は上の上。いわゆる特上の部類に入る。
俺が日本人が誇る黒髪を盾にするなら、千秋はイギリス人のクォーターの血筋で髪は金髪に近い茶色の髪を剣にするだろう。母親譲りのぱっちり二重のせいか小さな頃から良く女の子と間違われた。男として可愛いとは屈辱的だが、一重の親父に似なくて良かったとその点は母親に感謝している。一方で千秋は、子どもの頃はお人形みたいねと言われる程のくりっとした大きな瞳に白い肌。それは18歳になる今も変わらず。少し茶色かかった瞳はビー玉のように透き通っていて綺麗だと思っていた。日本人離れしたこの顔で180cmを超えるのだから周りが放おっておくはずがないのだが…なぜか未だにきちんとした彼女がいないのが不思議である。
振られた夜に男ふたりでラーメンとは、我ながら笑える…千秋の横に並ぶと平均身長の俺は小さく見える。行き交う人が振り返る程のモデル級の千秋が羨ましい。今年こそはクリスマスを向かえる前に彼女ができると思ったのだが、やはり当分の間は無理そうだ…。
その後、俺は家に帰るのがイヤで千秋の家に半ば強引に押しかけた。
クシュッン…
「頭がぼっーとする…」
「ぼっーとしてんのはいつもの事だろ」
「それに…」
身体を抱いてぶるっとする。
「寒い……」
悪寒が走る。
「大丈夫か…風邪ひいたんじゃねぇのか?熱測れよ」
珍しく心配そうに千秋はそう言って体温計を差し出した。
脇にはさみしばし待つ。
機械音が鳴り脇から取り出して確認する。
「は!?うわっ…」
「貸せっ」
数字に驚く俺から体温計を強引に奪う。
体温計を見るなり、はぁぁぁ…と、千秋はため息をついき
「とりあえずこれに着替えて寝てろっ」
そう言って自分のスエットを差し出した。
「うん…」
素直に従いシャツを脱ごうとすると、千秋は慌てて俺から顔をそむける。
「ちょ…まて!ここで着替えんのよっ!?」
「じゃあ、どこで着替えんだよ…」
「わかった……」
千秋は身体を半回転させると
「早くしろ……」
完全に俺から背を向けた。
変なやつ…
そう思いながらシャツに手をかけると机に置かれた鏡越しに千秋と目が合う。
俺はニヤッと笑い
「…………千秋のえっち」
からかってみた。
「…っ…あのな〜っ!」
慌てる千秋は面白い。普段は物応じする事なく飄々(ひょうひょう)としているのだから、これは中々に貴重だ。もっとからかいたくなる。
「見たいならそう言えばいいのに。聖なる夜も近いんだから襲ってもいいぞ〜」
「……」
嫌みのひとつでも返してくるかと思ったが…
なぜか真面目な顔つきをしている。
「…ん?笑えよ」
「笑えねぇよ………」
「なんでだよ?」
「……」
どうして急に真面目な顔してんだよ…。冗談なのに…
「なあ!」
「……くだらねぇこと言ってないでさっさと着替えろ。薬持ってくるからその間に済ませて横になって寝てろよ…」
そう言って千秋は部屋から出ていった。
心なしか千秋の顔が赤くなっていたのは気のせいだろうか…
「あいつも風邪ひいたのか…?」
岩瀬碧は、すこぶる鈍感である……。
小さい頃は何度も一緒に風呂に入っていたのだから裸なんか見慣れているはずなのに…今はだめだ…
いつからだろう…碧を意識し始めたのは…
目が合って碧が微笑む度に胸が締め付けられる。他のやつと楽しそうに話しているのをみると苛つく。
これが恋なのだと気が付くのに数年の月日を要した。告白されてなんとなく付き合おうとした人は何人かいた。でも、碧といる時の楽しいとかドキドキする感覚は一切持てなかった。なにより、いつも碧と比べてしまう自分がいた。だから、全て断ってきた。
俺を引き取ってくれた叔母に話すと、『それは好きって事なんだよ。千秋』そう教えてくれた。
男が好きなわけじゃない。あいつが…碧が…好きなんだ…。
そんな事、碧に言えるわけがない。
言ってしまえば今までの関係が崩れてしまう。だったら今のままでいい…。
自分の気持ちは胸の奥にしまい込んで蓋をした。
これで良いんだと…
碧の隣に居る為には幼馴染の友達で居るしかない。これしかないんだと…
薬を持って部屋に戻ると、碧は俺のベッドに眠っていた。
傍らに座り額に触れる。
(熱い……)
時折苦しそうに顔を歪ませる。
すぐにでも薬を飲ませて少しでも楽にさせてあげたい。
「碧……」
声をかける。
「ん……」
虚ろな目で俺を見た。
その表情にドキッとしてしまう。
熱のせいで艶めいた顔は俺の心を鷲掴みにする。
当人はそんな気なんか微塵もないのに…
いけない下心を払拭するように頭を振る。
「薬、持ってきた。飲め」
「やだ…」
「はぁ?なんで…」
「苦いの…やだ……」
「ガキか…」
18にもなって苦いから薬がイヤとか…どんだけ甘やかされて育ったんだ…
ごほごほっ…。
つらそうに碧が咳をする。
仕方ない…
千秋は碧の肩に手をやり上半身を起き上がらせる。
「イヤでも飲まないと良くならないぞ」
「……絶対…やだ」
「ったく…」
千秋は、薬を自分の口に入れ水を含むと、唇を碧の唇に重ね薬と水を流し込む。
ごくんっ……
碧が飲み込むのを確認すると、ゆっくりとベッドに横たえた。
余程体調が悪いのだろう。すぐに寝息を立てはじめた。そんな碧を見つめる。
安心した表情で眠る碧に手を伸ばすと、そっと髪を撫でた。
「そんなに安心しきった顔すんなよ………本当に襲うぞ……」
まだ唇に残る碧の唇の感触がイケナイ想像をかき立てる。
今夜は、叔母はいない。
碧とふたりだけだ…
もう一度唇に触れたくて顔を近づける。
頬に触れ、唇を寄せた…が、唇が触れる寸前で碧から離れた。
微かに残った理性がそれ以上進むのを拒んだ。
「クッソ……病人相手に何やってんだよ……」
髪をかき上げる。
「最低だ……俺……」
ベッド脇に座り込み膝を抱えた。
篠崎千秋は、こう見えて一途で純真である……。
目が覚めた時、千秋はスマホで誰かと話をしていた。
「今は落ち着いて眠っています。もう遅いので今夜は家に泊めます…はい大丈夫です。…はい。では明日…」
電話を切ったあとテーブルに置いたのは俺の携帯だった。
「…だれ……?」
混濁する意識の中やっとの思いで言葉を発した。
「目…覚めたのか?」
俺に気づくと千秋は傍に寄ってきた。
「…う……ん」
「具合は…どうだ…?」
寒気は大分落ち着いた。起き上がろうとすると頭がぐるぐるする。
「まだ…頭が痛い…」
そっと千秋が額に触れる。まだ熱のある身体を確認すると
「無理すんな……」
そんな優しい言葉を掛けてくれた。
「うん…」
「お前の携帯に小夜(さよ)さんから電話かかってきたから出たぞ。今夜は家に泊めるって言ったから…」
小夜とは、俺の母親の事だ。おばさんと呼ばれるのを嫌う母は千秋に名前で呼ぶようにと言っていた。
「そっか…ありがとう…」
「ふっ…やけに素直だな……」
「……」
「話過ぎた悪い…寝てろ……」
千秋が優しいとなんだか戸惑ってしまう。
こんな千秋が見れるなら風邪をひいた事も悪くないかも…そんな風に思ってしまう。
今は千秋の言葉に従って眠る事にした。
再び碧が眠るのを確認すると、そっと床に布団を敷き横になる。
瞼を閉じても今夜は眠れそうにない。
久しぶりに碧とふたりきりの部屋で夜を過ごす。
碧を意識し始めてからは理由を付けては泊まるのを拒んでいたけれど今夜は仕方ない。
時間だけが過ぎて行く。
碧が寝返りを打つ度に碧の顔が視界に入り気になって眠れない。
ふたりきり…
そのキーワードが頭の中を駆け巡る。
どうしようもない感情に飲み込まれそうになるのを必死で堪える。
でもだめだ…
薬が効いたのか大分落ち着いている碧を置いて俺は部屋を出た。
「うっ……」
トイレの紙を丸めて流した。
今夜は麻子(あさこ)さんが居なくて良かったと思った…
熱のせいで赤く染まる碧の頬や艶めかしい唇を…薬を飲ませる為とはいえ重ねた唇の感触を思い出すと我慢ができなくなっていた。
抑えきれない衝動を1人トイレで処理するしかなかった…
碧には言えない…バレたらあいつはどんな顔をするか想像しただけで怖くなる。
情けないが、あのまま同じ部屋に眠るのは危険過ぎる。理性のタガが外れて何をしだすか自分でもわからない。
部屋に戻り毛布を手に取る。
ぐっすり眠る碧の顔を見ると罪悪感に苛まれる。
今夜はリビングのソファーで眠る事にした。
眠れない夜を過ごした。
ドア一枚隔てた向こうから時折聞こえる碧の咳や微かに聞こえる寝息にいちいち反応してしまううえに、無駄に広いリビングは毛布一枚では寒く仮眠程度の睡眠しか取れなかった。
「はあああ……」
大きなため息をつく。
言ってしまえば楽になるだろうか…
何度も悩み、考えた結論を覆(くつがえ)してしまいたくなる。
碧が同じクラスの大島に彼女を紹介して欲しいとしつこくお願いしていたのを知った時、やはり自分ではだめだと刻印を押された気がした。初デートが決まったと嬉しそうにしている時は絶望でしかなかった。と、同時にこれで良かったのだと思った。碧が幸せなら、笑っていられるならそれで良いと…
なのに、このザマだ。
腹立たしい事極まりない。
自分の気持ちを抑え、見守る決意をした矢先にドタキャンされ、挙げ句風邪をひかされるなんて…。ふつふつと沸き上がる怒りがまだ諦めきれない自分の感情を再確認させられた。
ゆっくりとソファーから立ち上がると部屋でまだ眠っている碧の元へと向かった。
起こさないようにそっと額に触れる。
薬が効いたのだろうか、熱は下がっていた。
眠る碧に向かって
「こんなに傍にいるのに…なんで気が付かねぇんだよ……」
絞り出すように呟く。
まだ起きる気配はない。
両手で碧の頬をそっと包み込む。
言わないと決めた言葉が喉まで出かかる。
言ってはだめだと…目を閉じる。
苦しい…
胸が張り裂けそうになる。
眠っている今なら声に出しても良いだろうか…
目を開けて小さく囁(ささ)く。
「……好きだよ…碧……」
千秋の告白は、碧の耳には入らなかった。