「ギ、ギィぃ」

 俺はラキスト兄さんが無理やり魔物を従わせようとしていたことを思い出して、再度目の前で唸っている魔物を見る。

 魔物はすぐに俺たちに襲い掛かってくるようなことはなく、また倒れ込んでしまった。それから、何とか体を起こそうと体に力を入れている。

 そんなイグアナのような魔物を見ながら、俺は現状の把握に努める。

 もしかして、ラキスト兄さんが調教の時に使っていた魔石を食べたのか? でも、さっきまで俺たちと戦っているときはそんな素振りはまるでなかったぞ。

 俺がそんなことを考えていると、魔物のお腹付近が赤く光っていることに気がついた。

「アリス。お腹らへんが妙に光ってない?」

「本当ですね。さっきまではあんなことなかったのに」

「え? ということは、急に光り始めたってことか」

 俺はアリスの言葉を聞いて、また深く考え直す。そして、俺は最悪の状況に気づいてしまい顔をひきつらせた。

「もしかして、ラキスト兄さんが無理やり言うことを聞かせていた魔物の体内にあった魔石をこいつが食べたから、その影響受けているのか?」

多分、本来は『調教』しようとしていた対象が違う訳だから、魔石を使っても『調教』のギフトは機能しないはずだ。
それでも、俺たちが極限まで弱らせたせいで魔石の効果が発揮し始めたのかもしれない。

 そんな最悪の事態を考えにいきついたとき、イグアナのような魔物はぐぐっとまた立ち上がった。

「ギシャアア!!」

「この状態でもまだ戦おうとするのか。なんとか『調教』を解除したいけど、『調教』した本人じゃないと解除できないよね」

 俺は辺りを見渡してラキスト兄さんが近くに来ていないかを確認する。

 多分、ラキスト兄さんの性格を考えると、『調教』した魔物をここに放つだけでは終わらない気がする。
きっと、俺がやられるところを見に来ているはずだ。

 すると、遠くの方に一台の馬車が走り去っていくのを見つけた。遠いからあれがアストロメア家の馬車かどうかは分からないが、状況的に考えてもその確率が高いだろう。

 俺はそう考えて、アリスと空を飛んでいるお掃除ロボットの方に視線を向ける。

「アリス、カグヤ! こいつのことを任せていい?」

「問題ありませんが、旦那様はどちらに?」

「俺は『調教』を使っている本人を叩いてくるから!」

 俺が走っている馬車を指さすと、アリスは俺の言いたいことを察したようで力強く頷いた。

「本人を……分かりました! 私たちもこの魔物を倒して、すぐに向かいます!」

『そうだね。こんなやつ速く倒して、ご主人様に何度も手を出そうとする手を粉々にしてやらないと』

 それから、カグヤの声がするお掃除が俺の近くにやってきて、そんなことを言っていた。

 なんか惨いことを言っていたような気がしたけど、これだけやる気になっているなら大丈夫だろう。

 それに、二人の力があれば一度瀕死状態にした魔物を相手にすることくらい問題ないはずだ。

 俺はそう考えて、お掃除ロボットに乗って馬車に向かって全力で向かっていった。

 それからお掃除ロボットで空を飛んで馬車に向かって行くと、徐々にその馬車が見覚えのある馬車であることが分かってきた。

 あれは、アストロメア家の馬車だ。

 ということは、ラキスト兄さんがいるってことで確定かな。

 俺はサブマシンのエアガンを度ランドセルにしまって、ライフルのエアガンを取り出した。そして、お掃除ロボットの上に乗った状態で馬車のタイヤ目がけて構える。

「何発で当たるか分からないけど、やってみるしかないか」

 俺はボルトハンドルという、スナイパーライフルのがちゃこんっとする部分を引いて、スコープで標準を合わせる。

 そして、馬車のタイヤ目がけて引き金を引いた。

 ズガンツ! バキャッ!

 すると、低い音と少しの反動の後、ライフルのエアガンから弾が飛び出していった。しかし、弾はタイヤに当たることなく馬車の一部を吹っ飛ばした。

「やばっ、もっとちゃんと狙わないと」

 俺は再度ボルトハンドルを引いて照準を合わせる。それから引き金を引いて、また馬車の一部を破壊して、今度は外してと繰り返していくうちに、ようやく一発馬車のタイヤに着弾した。

 ギャンッ、ガッ、ガガガッ!

 そして、タイヤを壊された馬車は雑なドリフトのような感じで急停止した。

 俺はようやく一発当てられたことにぐっとガッツポーズをする。

以前なら、こんな距離から狙うのは無理だったはず。これも特訓の成果だろう。

「よっし、これでもう逃げられないはず」

 俺は今のうちに追いつこうとお掃除ロボットの速度を飛ばして、一気に馬車との距離を詰めていった。

 そして、俺が馬車と二十メートルまで近づくと、馬車の扉が開けられた。

 すると、馬車の中からよろよろとラキスト兄さんと、ラキスト兄さんを肩に担ぐようにして師匠のウィンスが出てきた。

 そして、二人の護衛と思われる人たちが、盾をこちらに向けて出てきた。ラキスト兄さんはちらっと俺の方を見て、顔を引きつらせてからグッと強く俺を睨んできた。

「メビウスッ……いたずらに俺の馬車を破壊したのは、貴様だったのか」

「いたずらに? 死地にいる俺たちに魔物をけしかけたのはラキスト兄さんでしょ」

 俺がラキスト兄さんを睨み返すと、ラキスト兄さんは頭をガシガシと掻いて俺を睨む目を強める。

「今はそんな話していないだろ! それよりも、なんなんだ俺の魔物たちを一掃したあれは何なんだ! ゴーレムか何かだろ! 俺たちに力を隠していたな!! 一体、何のギフトを持っているんだ!」

 ラキスト兄さんはそう言って、俺の周りを跳んでいるお掃除ロボットを指さした。

お掃除ロボットの一台は俺の周りを飛んでいて、もう一台は俺が乗っている。

 まさか、お掃除ロボットをゴーレムと勘違いするとは面白いな。

「ふふっ」

「な、何がおかしいんだよ!」

「ゴーレムなんかじゃありませんよ。それに俺のギフトのことは知っているでしょ? ただの『家電量販店』ですよ」

「また訳の分からない単語を言いやがって!!」

 俺に笑われたことがよほど気に入らなかったのか、ラキスト兄さんは歯ぎしりをさせて顔を真っ赤にしていた。

 すると、ウィンスがラキスト兄さんの怒りを収めるように片手をパッと出して、ラキスト兄さんを制した。

「ラキスト様。今、こいつには小さなゴーレムが二体いるだけです。ここでこいつを捕まえて、屋敷で吐かせてしまえばいいのでは?」

 ラキスト兄さんはウィンスの言葉を聞いて、ハッとしてから嫌な笑みを浮かべた。

「ハハハッ、そうだ! こいつはたくさんのゴーレムに自分を守らせるくらいだ! たった二体の小型ゴーレム程度ならどうとでもなる!」

 ラキスト兄さんはそこまで言うと、ばっと片手を俺の方に振り下ろした。

「おまえら! 今すぐその愚弟を捕らえろ!」

 すると、盾でラキスト兄さんのことを守っていた二人の護衛が俺の方に突っ込んできた。俺はサブマシンのエアガンを構えるが、それよりも早く俺の周りを飛んでいたお掃除ロボットと、俺が乗っているお掃除ロボットが鉄筒を二人の護衛に向けた。

ぼしゅっ! ぼしゅっ!

 勢いよく何かは護衛の盾を弾き、続けて発射して護衛の二人を吹っ飛ばした。

「「がっ!」」

「……は?」

 ラキスト兄さんは突然の事態に何が起きたのか分からなかったのか、そんな言葉を漏らして固まってしまった。それから、振り向いて後方にまで吹っ飛ばされた護衛たちを見て口をあんぐりと開けていた。

 再び俺の方に視線を戻したラキスト兄さんは、慌てて手を横にブンブンと振って口を開く。

「まてメビウス! なんて物騒なモノを俺に向けてるんだ! お、俺に一体何をするつもりだ?」

「何をって……分かりませんか?」

「お、俺は貴族だぞ! 勘当されて平民の貴様が俺を怪我でもさせたら、どうなるのか分かっているのか!」

「ぐっ」

 おれはラキスト兄さんの言葉を受けて、何も言い返せなくなってしまった。すると、ラキスト兄さんニヤリと笑みを浮かべて続ける。

「今回は見逃してやる! だから、このゴーレムどもを落ち着かせろ」

 俺は渋々ラキスト兄さんたちに鉄筒を向けているお掃除ロボットたちを制して、大きなため息を吐く。

「じゃあ、せめてあいつをどうにかしてください。ラキスト兄さんの使った魔石のせいで、倒しても這い上がってくるんですけど」

「あぁ? そんなの知ったことか、おまえらでどうにかするんだな」

 ラキスト兄さんは俺が指さした魔物を遠目で見ながら、嫌味な笑みを深めた。

「これなら、俺が再び手を下すまでもさなそうだな」

 再びって、ラキスト兄さんまた俺たちを襲ってくる気満々みたいだ。というか、各隙もないのか、この人は。

 このままラキスト兄さんを返してしまっては、何度も襲われてしまってキリがない。ここでラキスト兄さんにこれ以上襲わせないように説得しないと。

いや、説得なんてしてもきくような奴じゃないか。

「なんとか『家電量販店』の力を使って、黙らせられないかなぁ」

 俺がそんな独り言を漏らすと、突然目の前にぴこんっとテキストが表示された。

『仮設の家電量販店を展開します』

「え?」

 俺が突然現れたテキストに間の抜けた声を漏らしていると、ぼふっと大量の白い煙が俺たちと包んだ。

「ごほごほっ、おい! メビウス! 貴様何をした!」

「い、いや、俺は別に何もしてないですって!」

 そして、煙が晴れた頃、目を開けて広がっている景色を見て俺は目を見開いた。

「ここは……家電量販店?」

 俺たちの前の前に広がっていたのは、地方なんかにある敷地の広い三階建てくらいの家電量販店だった。

 俺たちは、そこの一階のフロアにいた。

辺りには『仮設中』や『仕様変更実験中』というのぼりや垂れ幕があり、乱雑に家電が散らばっていた。

 ……なんだ、ここは。

 俺はそんな普段と違う家電量販店の姿に戸惑いを隠せずにいた。