「……ラキスト兄さんの仕業だ」
俺はタブレットに映っている魔物の群れを見て、そう呟いていた。
いくら魔物が通り過ぎることがあるといっても、こんなふうに一つの所を目指して突っ込んでくるなんてことはない。
これだけ多くの魔物を一つの所に向かわせることができるのなんて、『調教』などの特別ギフトがなくては無理だろう。
多分、前にラキスト兄さんをあしらったのを根に持っているのだろう。
いや、それだけでこんなに多くの魔物を向かわせるか? これだけ大きなことを起こそうというのなら、父様の指示の可能性もあるか。
それにしても、ただアストロメア家に死地で作った野菜とかを渡さないと言っただけで、潰しに来るって相当ヤバくないか?
「こ、これは一体、」
すると、タブレットや液晶に映っている映像を見て、エミーさんたちが戸惑っていた。
スマホを見たのが初めてなのに、いきなり映像を見て何が起きているのか理解しろというのは無理な話だろう。
俺はそう考えてカグヤが見せてくれているタブレットを指させて続ける。
「今リアルタイムで起こっていることを映し出してくれる家電です。この建物から離れた所とかにいくつも配置してあります」
「こ、こんなものまで発明しているとは……そうか。だから、私たちが来たことにも気づいていたのか」
エミーさんはそう言って頷いてから、思い出したように俺に顔を向ける。
「メビウス殿、さっき兄さんと言わなかったか? この魔物の群れはメビウス殿のお兄様の仕業なのか?」
「ええ、おそらくは。ラキスト兄さんには『調教』というギフトがあります。それを使って、俺に復讐でもしに来たんでしょう」
「復讐?」
それから、俺はラキスト兄さんがここにやってきたことと、そこで起きた出来事についてエミーさんたちに説明した。
「なるほど。そんなことがあったのか。それにしても、ただ貿易を断っただけでここを潰そうとするなんてやりすぎじゃないか?」
「ええ。俺も全く同意見です。まぁ、そういう奴らだということなんでしょうね」
俺はエミーさんの言葉に頷いていた。
この体に転生してから、アストロメア家がヤバい家だとは思っていたけど、ここまでだとは思わなかったな。
多分、下に見ているはずの俺に断られたというのが許せなかったのだろう。
すると、突然ぞくっとするような寒気がしてきた。ちらっと俺の隣にいるアリスとカグヤを見ると、二人とも目のハイライトが消えていた。
「旦那様を襲うとするなんて、抹殺しなくてはなりませんね」
「馬車も魔物の群れも壊滅させちゃっていいよね。そうしないとだよね」
アリスはそう言ってどこから取り出したデッキブラシを強く握って、カグヤはタブレットを高速で操作し始めた。
俺は慌てて二人の方を揺らして、少しでも冷静になってもらおうと努める。
「と、とりあえず、二人とも落ち着いて。いちおうラキスト兄さんは貴族だから、馬車は壊滅させないでね。カグヤはお掃除ロボットたちに自動で魔物の迎撃するように指示を出しておいて。あと、カグヤも遠隔で魔物の撃退をお願い」
「ご主人様がそういうなら分かった」
カグヤは俺の言葉に不満そうに目を細めてから、タブレットを操作する速度を落とした。俺はいつもの調子を取り戻したカグヤを見て胸をなでおろして、アリスの方に視線を向ける。
「アリス。俺とアリスは前線に出て魔物の足止めをしよう」
「だ、旦那様も行かれるのですか?」
「うん。少しでも足止めの人数は多くないと。それに、ラキスト兄さんが来てるなら、話をつけないとだしね」
これだけの数の魔物を相手にしたことがないので、お掃除ロボットだけで対処できるか分からない。
倒せないことはないとは思うが、そのまえにここが襲われてしまっては意味がない。だから、お掃除ロボットが魔物を倒しきるまで魔物の足止めが必要だろう。
俺はそんなことを考えながら、エミーさんたちを見る。
「エミーさんたちはここで待機していてください。騎士団の方たちもこの建物に入れていいので」
「いや、我らも出よう。イーナ様が危険に晒されようとしているのに、黙っている訳にもいかない」
エミーさんは立ち上がると帯刀している剣の柄に手を置いた。
エミーさんはさっきまでの和やかな雰囲気とは違い、今は凛々しい顔つきでをしている。
俺はエミーさんの言葉に首を横に振る。
「それなら、エミーさんたちにはこの建物内に魔物が入って来たときに、イーナ様やここに住む人たちを守ってあげてください。あくまで、この戦いは俺とラキスト兄さんの戦いので、グラン大国を巻き込みたくはないです」
エミーさんたちが戦いに参加してくれたら、かなり心強い。
しかし、ここでグラン大国の国家騎士団が戦いに関わってしまうと、一気にことが大きくなってしまう。それこそ、国同士の対立や戦争を起こしかねない。
せっかく建国できそうという流れになっているのに、そんなことでこの流れを壊したくはない。
「分かった。そういうことなら、ここはメビウス殿の提案に乗ることにしよう」
エミーさんは何か言いたそうだったが、ぐっと言葉を呑み込んでそう言った。
イーナ様が巻き込まれるかもしれないという状況で、喧嘩を売ってきた相手に何もするなというのは酷かもしれない。
それでも、これが最善であることはエミーさんも分かってくれているみたいだ。
「アリス。それじゃあ、行こうか」
「旦那様お任せください! 私が旦那様のことを何が何でもお守りいたします!」
アリスは立ち上がって意気込むようにぐっと拳を強く握った。
あまりにも拳が強く握られていたので、そのままラキスト兄さんを殴ろうとしていないか不安になる。
多分、大丈夫だよね。
俺はそんな少しの不安を抱きながら、ランドセルに色々と詰め込んで魔物たちのもとへと向かうのだった。



