アストロメア家から追い出されて、『死地』に捨てられて数週間後。

 俺は『死地』で中々悪くない生活をしていた。

ギフト『家電量販店』にはレトルト食品と飲み物にビタミン剤、それに家具と電化製品が揃っている。

正直、前世での生活以上に快適だったりした。

 レトルト食品は味が美味しいわけではないけど、無料で食べられるのなら文句の付け所もない。

「ダンナサマ! デンシレンジデ、カネツシテキマシタ!」

「おお! ありがとう、アリス」

 俺はアリスが電子レンジで温めてきてくれたレトルト食品を受け取って、日用品売り場にあった皿とスプーンを使って口に運んだ。

 ちなみにアリスというのは、地下で出会ったペッハー君のことだ。

 ペッハー君という名前は家電の名前みたいで温かみもないし、異世界で電気もない場所で動く不思議なペッハー君ということで、不思議な国のアリスから取ってアリスという名前をつけた。

 そして、アリスは俺にギフト『家電量販店』のことについて詳しく教えてくれた。

 どうやら、『家電量販店』の中にある家電や食べ物などは俺の自由に使っていいらしい。それも、減った物は自動発注がかかって、在庫を無限に補充してくれるとのこと。

 どっかの英雄は無限に剣を内包する世界を作るらしいが、俺は無限に家電と食べ物を内包する世界を作ってしまったらしい。

 カッコよさで言えば圧倒的に敗北しているが、働かずにご飯を食べれて家電や家具も使い放題な世界を作れるのは結構チートかもしれない。

『家電量販店』というだけあって、ちゃんとした水洗トイレも水道もあるし、このまま一生ここで過ごすのもいいかもしれない。

 俺はもぐもぐとレトルトカレーを食べながら、ちらっとアリスを見る。

 すると、アリスは何をするわけでもなく、じぃっと静かに俺のことを見ていた。

 どうやら、俺はこの『家電量販店』の主という立ち位置らしい。そのせいか、アリスは俺のことを旦那様と呼んで色々と世話をしてくれる。

 アリスは人工知能を搭載しているらしく、普通の人間と変わらない会話をすることもできる。

喋り方がボーカロイドぽいのと、見た目がペッハー君ということ以外は本当の人間とあまり変わらない。

 まぁ、結構おっちょこちょいな所はあるけど、そこはご愛嬌といった所だな。

 俺が一人でここに暮らせていられるのも、アリスがいることが大きいのだろう。少なくとも、孤独を感じることはないしな。

「ダンナサマ、ナニカゴヨウデスカ?」

 俺がそんなことを考えていると、アリスはこてんと首を傾げる。

 俺はそんなアリスを見ながら腕を組んでふむと考える。

「いや、別に大したことじゃないって。せっかくなら、一緒に食事とかできたらよかったなって考えてただけだよ。もちろん、一緒にいてくれるだけで十分嬉しいんだけどね」

 俺はそう言いながら、一人で椅子に腰かけながら足をプラプラとさせる。

 このままここで生活をしていれば、『死地』にいようとも死ぬことはないと思う。

 でも、これだとまったく異世界に来たと感じがしないのだ。

異世界アニメとかラノベみたいな展開なのに、絶対的に何かが足りていない。

 俺はぐっと拳を強く握って、プルプルと小さく震えながら続ける。

「もっと、もっと欲を言えばね! アリスが茶髪のツインテールで、ドジっ子メイドとかだったらなって思ったりとか……い、いや、なんでもない!」

 俺は熱く語ろうとしていたことに気づいて、慌てて誤魔化すように手をブンブンと横に振った。

 異世界貴族物みたいな世界に転生したというのに、まだドジっ子メイドに会えていない悔しさから、俺はとんでもないことを口走ってしまっていた。

 もちろん、アリスと過ごす日々は楽しい。

 それでも、これが可愛い女の子だったら、本当のアニメとかラノベみたいだなって思ってしまうのだ。

 まぁ、もう貴族でもないわけだし、そんな願望をかなえるのは無理なんだろうけども。

「チャパツ、ツインテール、ドジッコメイド……ケンサクカンリョウ」

「ん? 検索完了?」

「ダンナサマ、エキショウニ、テヲオイテクダサイ」

 俺が首を傾げながらアリスの胸元にある液晶に触れると、何もない所に小さなウインドウが立ち上がった。

 そして、そこには『仕様変更しますか? Yes/No』という言葉が書かれていた。

 この『家電量販店』にある物は仕様変更というのができるらしい。

ここにある電子レンジや冷蔵庫などもこの仕様変更という能力を使って、電気が通っていないここでも使えるようにしたのだ。

 他の電化製品ならまだしも、なんでアリスに仕様変更? あれ? そういえば、まだアリスには仕様変更をしていなかったっけ?

「ダンナサマ! ハヤクオシテクダサイ!」

「え、あっ、はい」

 俺はアリスに急かされてどんな仕様変更か確認せずに、『Yes』を押してしまった。

「シヨウノヘンコウヲ、ウケツケマシタ」

すると、突然アリスの体が光り輝いた。そして、それと同時にアリスの体をぽんっと白い煙が包み込んだ。

「あ、アリス!」

 アリスが爆発した⁉

 俺は突然の事態に付いていけず、咄嗟に煙の中にいるアリスに手を伸ばした。

 俺はアリスがいなくなってしまう気がして、慌てて煙の中にいるアリスを探す。すると、何やら柔らかい感触を掴んだ気がした。

 ん? 何だこの感覚は。

 微かに温かくて細い何かを掴んだ俺は、眉を潜めながらそれを引き寄せる。

「わっ」

 すると、煙の中からヌッと人影が出てきた。そして、繋がれた手を見て、俺は自分が掴んでいたものが人間の手であったことに気がついた。

「え? え⁉」

 俺は慌てて掴んでしまった手を離した。すると、煙の中から高校生くらいの一人の女の子が顔を覗かせた。

 茶髪のツインテールをぴょこっと揺らして、少し気弱そうなルビー色の瞳をうるっとさせている。

 細身な体でありながら出る所は出ており、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。

 そして、極めつけにフリフリのメイド服に身を包み、デッキブラシを持ちながら不安げに眉を下げていた。

「えっと、こんな感じでしょうか?」

「な……な、なん、だとっ」

 なんと俺の目の前には、『茶髪のツインテールのドジっ子メイド』がいたのだ。

 俺は絵に描いたような『茶髪のツインテールのドジっ子メイド』を前に、言葉を失ってしまった。

「旦那様?」

「だ、旦那様? え、だ、誰だ? ていうか、アリスはどこに行った?」

 辺りを見渡してアリスを探すが、どれだけ見渡してもアリスの姿が見えない。

 すると、目の前の女の子が自分のことを指さして、こてんと可愛らしく首を傾げる。

「私がアリスですよ。旦那様」

「アリスって……え、さっきまでペッハー君だったアリスか?」

「はい。せっかくなら、旦那様の趣味に合ってる方がいいと思いまして。フォルムチェンジしてみました」

 アリスと名乗る女の子はそう言うと、くるっとその場で一回転してスカートを翻す。

 それから、思った以上にふわっとスカートの裾が舞い上がったことに驚いたのか、慌ててスカートの裾を押さえた。

 真っ赤中をして潤んだ瞳を向けてくる彼女が、ペッハー君?

 俺は突然過ぎる事態に付いていけず、しばらくの間言葉を失ってしまったのだった。