「さて、営業に行くはずだった時間が空いたわけだし、そろそろ始めないとな」

「旦那様? なにかされるんですか?」

 俺はカグヤがフロアからいなくなってから、全ての階の売り場などが書かれているフロアマップの前にいた。

「とりあえず、グラン大国とのコネクションが確立できるまでは、他の国と積極的に接触するのはやめておこうと思うんだ。だから、その間に自分にできることしておこうと思ってね」

 せっかく、グラン大国とのコネクションができそうなら、その結果が分かるまで他の国に尻尾を振らない方がいいだろう。

 エミーさんを見送ったときの反応も悪くなかったし、多分貿易関係くらいは結んでくれるようになると思う。

 そうなったとき、ちゃんと一定量を流通できるだけの在庫がないと話にならない。なので、今はそのときのための在庫を仕様変更した冷蔵庫に溜めるときだと思う。

 辛抱強く待たずに他の国に尻尾を振って、グラン大国との貿易がおじゃんになるのだけは避けたいしね。

 それまでに俺にできること。それは、魔物に襲われたときに対抗できる力をつけておくことだ。

 俺は六階フロアに書かれている『バッティングセンター』という文字を見て大きく頷く。

「現状、何者かに襲われたときに戦えるのは、アリスとカグヤと俺。それとお掃除ロボットたちだ。そして、その中で一番弱いのが……多分、俺でしょ? この機会に修行しておこうと思ってね」

「旦那様。修行などせずとも、旦那様は私がお守りいたしますよ?」

「まぁ、その気持ちは嬉しいんだけど、俺としてはアリスやカグヤたちも守れるくらい、強くなりたいんだよね。いつまでも、メイドさんに守ってもらうのも、かっこわるいし」

 俺がそう言うと、アリスは瞳をうるうるとさせてきゅっと唇を結んだ。

「私を守るために強くなろうだなんて……旦那様! 私嬉しいです!」

 すると、アリスは感極まったのか突然膝を床に着けて正面から抱きしめてきた。背中に腕を回されて体を密着させられてしまい、俺は恥ずかしさから耳の先間で赤くなりそうになる。

「わっぷっ! アリス、くっつきすぎだって」

「旦那様? あっ……旦那様ぁ」

 アリスは何かに気づいたような声を漏らしてから、急に熱っぽい声を漏らした。すると、なぜかアリスは体をさらに押し付けてきて、うっとりとした顔をしていた。

 なんでこのタイミングでそんな顔をしているんだ、本当に。

「アリス、とにかく六階に行こう。そこでなら修行もできると思うんだ。だから、一旦離れてようか。違う、くっつくんじゃなくて、離れるの!」

 俺はなぜか言葉と反対のことをアリスを何とか説得して、俺は途中でランドセルを回収してアリスと共に六階に向かうことにした。

 言われたことと反対のことをするって、『ドジっ子』じゃなくて『天邪鬼』じゃないか?

 そんなことを考えながら、六階に向かうとそこにはまごうことなく『バッティングセンター』があった。

 うん。たまに電気屋の中にバッティングセンターとか、フットサル場とかあったりするよね。

 これも『家電量販店』なのかと言われたらグレーな気もするけど、あるんだからいいんでしょ。


 辺りを見渡すと、そこにはピッチングマシーンが数台と、ストラックアウトの機械が置かれていた。

 俺がピッチングマシーンをスルーして、ストラックアウトの方に向かうと、アリスが俺の服の裾をちょいちょいっと引っ張る。

「旦那様? こちらのバッティングのコーナーはよろしいのですか?」

「うん。そっちはまだ難易度高いからね。とりあえず、止まってる物をちゃんと狙って撃てるようにならないと」

「撃つ?」

 アリスは俺の言葉を聞いてこてんと首を傾げていた。

 まぁ、そんな反応にもなるか。ストラックアウトは球を投げるところだしね。

 俺はそんなことを考えながら、ストラックアウトのコーナーに入るなり、そのまま球も持たずにストラックアウトの的に向かって近づいていく。

 そして、俺はいつも家電の仕様変更をするときのように的を優しく撫でた。すると、他の家電と同じようにウインドウが立ち上がった。

『仕様変更しますか? Yes/No』

 やっぱり、これも仕様変更できるのか。そうだよね。あくまでここも『家電量販店』の中のものだしね。

 俺はそのウインドウを眺めてこくんと頷いてから、仕様変更をする内容を頭に思い浮かべる。

 まずは絶対に壊れないくらい強度を増して、どんな銃で撃たれても問題がない構造にすること。あとはモードによって、早く撃たないと勝手に的がなくなったり、逆に突然的が現れたりする感じのモードを追加すること。

 というか、ゲームとかである射撃場の的みたいな感じに変わってくれればそれでいい。

 俺はそんなことを考えながら、仕様変更のウインドウの『Yes』の部分をタップする。すると、他の家電と同じようにっ的が光った後、白い煙をぼふっと吐いた。そして、その煙はそのまま俺を包むだけでなく、隣にあるバッティングセンターの方まで流れていっている。

「いやいや、いつもよりも煙が多すぎるぞ」

「旦那様。少し離れましょう」

 俺はアリスの言葉に頷いて、アリスと共にストラックアウトのコーナーから離れることにした。

 それから、しばらく経ってもモクモクと煙がたっており、中々煙が晴れなかった。

 俺は天井にあるであろう火災報知器をちらっと確認する。

 よく火災報知機が作動しなかったな。何か特別な煙とかなのか、あれって。

 そんなことを考えながら待っていると、突然目の前にあった煙が晴れてきた。そして、徐々にその姿が露になってくる。

「ず、随分と変わったなぁ」

「簡易型の射撃場ですね。ストラックアウトの原型がもうないですね」

 俺たちの目の前にあったはずの二つのストラックアウトコーナーは、鉄のようなごつい何かで覆われていた。

 近づいて中を覗き込んでみると、手前にカウンターのような台があり、その奥にはストラックアウトの的だった九つの数字を書かれたものがバラバラになっており、色んな場所に配置されていた。

 人型で正面の真ん中にいる的、天井付近や床の近くに丸い小さな的など、広くはない場所で色んな標的が狙えるような仕様になっている。

「これは、想像以上だな」

 ちらっと視線をカウンターに向けると、タブレットのような画面が置かれていた。

 その画面をタッチすると、いくつか難易度を選べる画面が表示された。俺はその中から一番難易度の低い物を選択して、ランドセルからエアガンのハンドガンを取り出して、いつでも撃てる準備をする。

「『6番』」

「えっと……あそこか」

 俺はアナウンスされた番号を見つけて、人型の的目がけて引き金を引いた。

 パシュッ! ガンっ!

 すると、俺の撃った弾が当たった的がぱたんと倒れて、ぴこんっと小さな音を立てた。ちらっとタブレットを見ると、そこには6番と書かれた場所に〇がついていた。

 よっし、このくらいなら当てられるな。

「『2番』」

「2番は……小さいな」

 2番の番号が書かれた的を見つけることはできたが、その的は直径20センチくらいの丸い形をした的だった。

 俺は少し不安になりながら、狙いを定めて引き金を引く。

 パシュッ! ザッ!

 すると、俺の撃った弾は的の横を通り過ぎてしまった。ちらっとタブレットを確認すると、2番と書かれた場所には×が付けられていた。

 なるほど……結構良い修行になりそうだ。

 俺はそう考えて、引き続きアナウンスに指示された場所を撃ち抜いて、修行を続けるのだった。