俺が急いで『家電量販店』の入口にある自動ドアに向かうと、そこにはずらっと並んでいる騎士たちがいた。
あの甲冑、間違いなくグラン大国の国家騎士団のものだな。馬車にも特注のグラン大国の紋章が入っているし、偽物という線はないみたいだ。
俺は騎士団の装備などをひと通り観察してから、視線を国家騎士団の先頭にいるポニーテールの女性に移した。
凛とし佇まいをしている十代後半くらいの女性は腰から剣を下げており、俺のことをじっと観察していた。
それから、国家騎士団の女性が一歩俺たちの方に近づいた瞬間、アリスとカグヤが俺の前に立った。
え、あれ?
「動かないでください。旦那様に指一本でも触れたら命はないですからね」
「脅しじゃないよ。ご主人様に変な事したら、国ごと亡ぼすから」
アリスとカグヤは各々冷たい声色でそう言うと、俺を守るようにして立った。
ゾクッとするくらいの殺意近い殺気を向けられた国家騎士団は、慌てて剣を引き抜いて臨戦態勢に入る。
「ちょっ、待った待った! 何してんの二人とも!」
俺は慌てて二人の前に割り込んで、国家騎士団たちにぎこちない笑みを浮かべて緊張を解こうとする。
しかし、一度ピリついた空気は中々和むようなことはなかった。
どうしよう。この空気。
俺は気まずさを感じながら、冷や汗を拭って頬をかく。
「えっと、初めまして。メビウスと申します。グラン大国の国家騎士団の方々が『死地』に何の用ですか?」
俺がそう続けると、ポニーテールの女性が他の騎士団たちに合図をして剣を収めさせた。
どうやら、なんとか一命はとりとめたらしい。
俺がそんなことを考えていると、ポニーテールの女性が小さく咳ばらいをして続ける。
「突然の訪問ですまない。私は、国家騎士団の副団長のエミ―だ。とある商人が『死地』で見慣れない建物があるという報告を受けて、その調査に来た」
「な、なるほど」
エミーさんはそう言うと、俺は緑豊かになった畑と、七階建ての『家電量販店』をじっくりと見て続ける。
「植物が育たないという『死地』に農園が作られたこと、未知の建造物……色々と詳しく話を聞かせてもらいたいのだが、構わないだろうか?」
当然、ここで断るなんて選択肢はないのだろう。
俺は凄んでくる剣幕に負ける形で、エミーさんたちを『家電量販店』の中に招くことにしたのだった。
それから、俺はエミーさんを含む国家騎士団数名を『家電量販店』の家具売り場へと招いた。
正直な所、外で話を済ませたかったが、『家電量販店』の建物も調査に来たらしいので、がらくた屋敷ということにして紹介をすることにした。
変に疑われる方が後あと面倒くさそうだしね。
いつも使っているテーブルにはエミーさんとその部下の人が二人座っており、その正面に俺とアリスとカグヤは座っていた。
そして、俺はこれまで『死地』で起きた出来事をエミーさん達に話すのだった。
「なるほど。ここいる人間はアストロメア家の領地から逃げてきた人だったのか。そして、君がこの『死地』を再生させたと……俄かには信じられないが、現状が現状だしな」
俺が話し終えると、エミーさんは納得したように頷くながらそう言った。
エミーさんたちはまだ周囲にある家電が気になるのか、周囲をちらちらと見渡している。
すると、エミーさんの隣に座っている一人の部下が視線を俺からエミーさんに向けた。
「しかし、なぜこれほどの発明家をアストロメア家は手放したのでしょうか?」
「えっと、色々あって知らないんですよ。父様は俺のことを無能だと思っているので。あと、発明家とか大層なものじゃないですよ」
「これだけ発明品があるのに、無能?」
部下の男の人はそう言うと、怪訝な表情を浮かべる。
ダーティは家電がどういうものかも分かっていなかった。そうでなければ、俺を『死地』に捨てないで、ダーティは勝手に『家電量販店』にある物を売って豪遊して暮らしていたことだろう。
……さすがに、勝手に俺のギフトで出した物を売られるのは頭にくるよな。そう考えると、『死地』に捨てられたのも悪くはなかったのかもしれない。
「ケイド、人の家庭の詮索はやめなさい。今はそんなことはどうでもいいことでしょう」
エミーさんは部下の一人にそう言ってから、視線を俺に向ける。
「とりあえず、現状私たちに害がない団体だということは分かった。ごめんね、突然大勢でお邪魔しちゃって。怖がらせちゃったかな?」
エミーさんは眉を下げて申し訳なさそうに笑みを浮かべた。さっきまでの騎士としての威圧感が急になくなり、俺は少しの肩透かし感を覚える。
「い、いえ、そんなことは。誤解が解けたのなら良かったです」
俺は急に態度が柔和になったエミーさんの反応に戸惑ってから、ハッと大事なことを思い出す。
「あの、せっかく遠い所から来てもらったので、ここで採れた野菜とか食べていってください!」
「野菜? ああ、外にあった農園の野菜か」
俺がそう言うと、エミーさんはちらっと畑がある方角に視線を向ける。そして、俺の言葉を聞いた部下の二人も微かに前のめりになる。
「『死地』で採れた野菜かぁ。確かに、気になりますね」
「そうですね。土産話になりそうです」
部下の二人が前向きな反応をしたのを見て、俺は隣にいるアリスとカグヤをパッと見る。
「アリスは野菜を冷蔵庫から取ってきてもらっていい? あと、カグヤはグラン大国に持っていくはずだったアレを取ってきて」
俺がそう言うと、二人はスッと椅子から立ち上がり、エミーさんたちに頭を下げた。
「分かりました。旦那様、すぐに戻るので待っていてくださいね。カグヤ、お掃除ロボット置いてこう」
「うん、絶対そうする。ご主人様、私もすぐに取ってくるから待っててね」
二人はそう言うと、俺の足元に二台のお掃除ロボットを置いて小走りで各々用があるフロアへと向かった。
エミーさんたちは機械音を立てて動くお掃除ロボットを見て、不思議そうな顔をしていた。
うん。お掃除ロボットのことを知らなければ、誰もこのお掃除ロボットが護衛だとは思わないだろうな。
俺はそんなことを考えながら、これから始まる商談の前哨戦を前に頭を切り替えるのだった。



