そして、数年後。俺は十歳になった。

 この世界では十歳になるタイミングで女神様からギフトという物を貰う。

 女神様に武の才があると思われれば戦闘に適したギフトを貰うし、手先が器用で職人が向いているだろうと女神様に思われれば職人に適したギフトを貰う。

 そして、十歳の誕生日を迎えた俺は、教会でギフトの鑑定を行っていた。

教会の鑑定士が特別な水晶を使って俺のギフトを鑑定する様子を見ながら、俺はここ数年の鍛錬の日々を思い出す。

 俺は前世の記憶を取り戻してから、本来五歳から始めるはずだった修行をすぐに始めることにした。

 それから血の滲むような努力をした結果……俺はある程度の剣技と、ある程度の魔力を手に入れたのだった。

 そう、血の滲むような努力をしたのに、歳の割には凄いじゃないかレベルの力しか手に入れることはできなかった。

 アニメやラノベの展開なら、死ぬ気で努力をすればチート並みの力が手に入るはずなのだが、世の中はそんな簡単にはいかないらしい。

 まぁ、普通に考えれば、アニメやラノベみたいに努力した分だけ反映されるという方が異常なのか。

 しかし、俺は自身の置かれた状況を前に、もう一つのテンプレ展開を思い出した。

 これはあれだ。生産系のギフトを貰って無双するパターンの奴だ。

 生産系のギフトを戦闘に活かして領地を守ったり、なぜか僻地に一緒についてくる強い仲間と一緒にチートライフを満喫したりする展開の奴だな。

 大丈夫だ。そのバターンのアニメやラノベも前世でちゃんと予習済みだ。

 俺がうんうんと頷いていると、鑑定士がバッと勢いよく顔を上げた。

 どうやら、ギフトの鑑定が終わったみたいだ。

 鑑定士は教会で俺のギフトの鑑定結果を心待ちにしているダーティや、つまらなそうな顔をしている兄姉に聞こえるように大きな声で続ける。

「メビウス様のギフトが判明しました! ギフト……『家電量販店』?」

 鑑定士がそう言った瞬間、教会の中がしんっと静まり返った。

「か、『家電量販店』? え? 作る系じゃなくて、販売?」

 俺は首を傾げる鑑定士を前に、声を裏返させてしまった。

 家電量販店ってあれだよな? 家電を売っている場所だろ? え、それがギフト?

 すっかり村づくりに適しているギフトを貰う展開かと思ったが、俺のギフトは作る系のものではないらしい。

 え、そんなギフトでこれから先どうしろと? 異世界で品揃え一番の『家電量販店』でも開けというのか?

 俺がしばらくの間何も言えずにいると、静かだった教会が徐々にざわつき始めた。

 どうやら、俺のギフトに驚いていたのは俺だけではなかったらしい。

「メビウス……貴様ぁ!!」

 すると、ダーティが大声を上げて俺のもとに近づいてきた。

ダーティは怒りで顔を真っ赤させながら、抑えきれない怒りで体をプルプルと震わせていた。

 そして、その後ろでは兄姉たちが怒鳴られる俺を見ながらニヤニヤと笑っている。

 ダーティは教壇を強くバンっと叩いてから、癇癪を起しながら続ける。

「貴様はアストロメア家の期待を裏切った! よって、貴様はアストロメア家から勘当する! おい! 誰かこの出来損ないを『死地』に捨ててこい!」

「え、『死地』⁉ お、お父様、さすがにやり過ぎですって! 田舎の領地に飛ばす展開ではないのですか⁉」

 『死地』というのは、草木が生えず水も枯れている再生不可能な死んだ土地のことだ。

 どの国も人も住めない税も取れない村はいらないと言って、領地にすることを諦めた見捨てられた土地。

 そんな土地に俺を捨てるって本気か?

 いやいや、待ってくれ!

 アニメやラノベの展開だと、追放されても田舎の領地を任されるだけだ。勘当されて死地に送られる展開なんて知らないぞ! いきなり貴族設定を剥奪するだけじゃなくて、本気で殺しに来てんじゃねーか!

 俺が思わずツッコむと、ダーティは青筋を立てながら続ける。

「田舎の領地だとぉ……なぜ貴様に土地を与えねばならん! 野垂れ死ぬがよい、この愚息がぁ!!」

 ダーティは肩で息をしながら、今にも俺を殺しそうな目を向けてくる。

 あかん、これ本気の奴だ。

 しかし、俺はそんな窮地に立たされながら、ハッとアニメやラノベのテンプレを思い出した。

俺は慌てて教会にいるアストロメア家の使用人たちを見て、小さく片手を上げる。

「えっと、俺についてきてくれる人っていますか?」

 そうだ。ギフトが生産系じゃなくても、俺を慕ってくれる使用人は多いはずだ。

 悪役貴族転生物や生産系のギフトで追放されるアニメやラノベでは、必ずと言ってもいいほど主人公を慕ってくれる使用人がいるものだ。

 だから、俺は使用人に当たりが強いダーティや兄姉たちと違い、人一倍使用人たちに優しくしてきた。

 労いの言葉をかけたり、誕生日には贈り物をしたり、ダーティに頼み込んで使用人の休日を増やしたりしてきた。

 そんな気遣いもあって、俺はこのアストロメア家で一番使用人に好かれている。

 だからきっと、アニメやラノベの展開よろしく有能な使用人が俺と共に来てくれるはずだ!

「え、あれ?」

 そう思って期待に満ちた目を使用人たちに向けると、使用人たちは皆バッと勢いよく俺から顔を背けた。

 誰も手を上げないどころか、目すら合わせようとしない。

「ふふふっ! 馬鹿じゃないのか、メビウス」

 すると、アストロメア家の五男のマルメンが腹を抱えて笑い出した。

 何事かと思って目を向けると、俺の兄姉たちが俺を馬鹿にするように笑っている。

 そして、四男のマル―と三女のパーラが俺を指さして続ける。

「『死地』に同伴する使用人などいるわけがないんだろ! 自殺しに行くような物じゃないか!」

「残念ね! あんなに使用人に媚を売っていたのに!」

 彼らの笑い声を聞きながら俺が固まっていると、執事のセバスさんがゆっくりと俺の前にやってきた。

 俺はハッと顔を上げてセバスさんを見る。

「セバサさん! あなたは俺と一緒に来てくれるんですね!」

 セバスさんは幼少期から俺の面倒を見てきてくれた執事だ。きっと、俺のことを実の子供のように思ってくれているはず!

 俺がそう言うと、セバサさんは残念そうな顔で首を横に振った。

「申し訳ございません。旦那様の命令なので」

「旦那様の命令? いつっ!」

 何を言っているんだと思っていると、急に首に強い衝撃を受けた。そして、それと同時に意識が遠のいていくのを感じだ。

 薄れる意識の中で、俺はいつの間にか背後に立っていた男の姿を一瞬だけ目でとらえていた。

 それは、ずっと俺に剣を教えてくれていた師匠のウィンスだった。

 嘘だろ。師匠キャラは一緒についてきてくれるのが定番だろうが。なんで視覚から俺のことをぶん殴ってんだよ。

 死地に一人で捨てられるって、そんな展開あるのかよ。

 心の中でそうツッコんだが最後、俺の意識はプツンと途切れた。

 どうやら、アニメやラノベみたいに、都合よく田舎の領地でスローライフ生活とはいかないみたいだった。

 異世界に子供の姿で転生しても、アニメやラノベのように上手くはいかない。

俺はそれを身をもって知ることになったのだった。



 しかし、このときの俺はまだ知らなかった。

 ギフト『家電量販店』があれば、アストロメア家の人間がいなくても『死地』でやっていけることを。

ましてや、自分が将来、『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれる存在になることなんて知るはずもなかった。

自分のギフトをただの家電量販店だと思っていた当時の俺に、気づけるはずがなかったのだ。