時はアストロメア家がメビウスを『死地』に捨てて、数日後に遡る。

 アストロメア家のダーティの書斎で、ダーティは少ない頭の髪をバリバリとかいて声を荒らげていた。

「くそくそっ! なにが黒髪の子は特別な力を持つだ! これでは、アストロメア家の負債を返せぬではないかぁ!!」

 ダーティはそう言うと、近くにあった本棚を倒し、椅子を持ち上げて壁に叩きつけた。

 ダーティの怒りはメビウスを『死地』に捨てた数日後も続いていた。

 アストロメア家は地方の領地をいくつか任されている貴族だった。国におさめる分の税は払えていたが、その金を回収するためにいくつも借金をしていた。

本来であれば、領地から巻き上げたはずの税金で賄えるはずだが、ダーティはそのお金を使って豪遊していたのだ。

 この世界では、黒髪の子供は国に繁栄をもたらすとまで言われており、ダーティは息子のメビウスの活躍があれば、国が借金を肩代わりしてくれるだろうと考えていた。

 だから、ダーティはメビウスが成人するまでに借金をできるだけしておいた方が得だとまで考えていた。

 しかし、メビウスのギフトは『家電量販店』というダーティには理解できないものだった。借金を返す当てがなくなったという考えから、ダーティは焦りと怒りの感情で震えていた。

 そして、その怒りの感情は『死地』に追いやったメビウスに今でも向けられ続けていた。

「妻が亡くなってから、庶民の方が黒髪が出やすいと聞いて庶民の女をめとったというのに……メビウスぅ! あの、出来ぞこないがぁ!!」

 ダーティはやり場のない怒りを机の上にあった書物に当たり、床に叩きつけた。

 ダーティが肩で息をしていると、書斎の扉がノックされた。

 すると、ダーティは深く息を吐いてから扉の方を睨むように見る。

「……入れ」

「お呼びですか、父上。うわっ、凄い荒れてますね」

 ダーティの書斎に入ってきたのは、アストロメア家の次男、ラキストだった。ラキストは荒れているダーティの部屋を見て眉間にしわを寄せる。

「ラキストよ、メビウスのことは聞いたか?」

 ダーティに聞かれたラキストはやれやれといったジェスチャーをして、大きくため息を吐く。

「ええ。ハズレだったのでしょう。まったく、幼いときから流暢に喋ったり、剣や魔法の修業に熱心だったり天才のような一面を見せておいてコレですか。やはり、庶民の血など混ぜるものではありませんね」

「まったくだ! あの不純物めが! もしも、生きていたらと思うと腸が煮えくり返りそうだ!」

「さすがに死んだのでは? あそこは『死地』ですよ」

 ダーティはラキストの言葉を聞いても納得できないのか、頭をバリバリと掻きむしって、じろっとラキストを見る。

「ラキストよ、おまえのギフトで魔物を『死地』に送り、メビウスの死体を持ってこさせることはできるか?」

「可能だとは思いますが……なるほど。私を呼んだ理由はそれですか、メビウスの死体をサンドバッグにでもなさるのですね」

 ダーティはラキストの言葉にニヤッとした笑みで答えた。そして、サンドバッグにされるメビウスのことを想像したのか、ラキストも同じような笑みを浮かべる。

「アストロメア家の血を汚したんです。そのくらいしても罰は当たりませんよ」

 ラキストはダーティにそう言い残して、ダーティの書斎を出た。そして、近くにいた使用人を見つけると荒い口調で続ける。

「おい、あいつの匂いがついた物があっただろ。持ってこい」

「は、はい!」

 ラキストは遠ざかっていく使用人の後ろ姿を見ながら、腕を組んでどうやってメビウスの死体を持ってくるのかを考える。

 ラキストのギフトは『調教』というギフトだった。あまり表立って言えないギフトではあるが、ダーティから領地を任されているラキストにとって、領民たちに言うことを聞かせるのには適しているギフトだった。

「野生の魔物を『調教』するか。五体で編成を組ませれば十分だろうな。まさか、こんな簡単なことで父上の機嫌を取れるなんて、ついてるぜ」

 ラキストはそう言うと、鼻歌まじりにアストロメア家の廊下を歩いて行った。

 このとき、ダーティやラキストの頭にはメビウスが『家電量販店』のギフトを使って、悠々と生きのびているという考えはなかった。

 ましてや、仕向けた魔物たちが帰ってこなくなるなんて、想像もしなかったのだった。