知らない天井だ。

目を覚ますと、そこにはやけに高い位置に天井があった。その天井が見慣れた安アパートの天井とは違うものであることはすぐに分かった。

……実家の天井でもないよな。ここはどこだ?

 俺はそう考えてふかふかのベッドから体を起こして、辺りを見渡す。

 真新しいような白色の壁と、モダンな西洋のタンス。姿見鏡と書斎にありそうな大きな机と座り心地が良さげな高級椅子。

 そんな某遊園地にあるホテルの一室のような部屋を前に、俺はしばらくフリーズしてしまった。

 すると、コンコンっと良いノック音が部屋に響いた。

「おはようございます、メビウス様。朝食のお時間ですので、お着替えを手伝わせていただきますね」

 初老を迎えたような男はピシッとしたスーツ姿をしており、ベッドの上にいる俺の前までやってきた。

 メビウス様って誰のこと言ってるんだ?

 俺が首を傾げていると、スーツの男は目をぱちぱちとしてから俺と同じように首を傾げる。

「メビウス様? どうされたのですか?」

 ずっと知らない人の名前を連呼しているが、その視線は俺をまっすぐと見ている。

 俺はもうしばらく考えてから、自分を指さして続ける。

「……もしかして、おれに言ってます? ん? なんだこの舌足らずな口調は」

 俺は上手く回らない舌に驚きを隠せず、口元を手で覆う。

 え、何だこの小さな手は。

「め、メビウス様! いつの間にそんな流暢に会話ができるようになったのですか! 三歳児でこんなに会話ができるようになるなんて……これは、早く旦那様に報告しなくては!」

 スーツを着た男はそう言うと、慌てるように部屋を後にした。

なんか俺の声幼過ぎないか? それに、今の言葉は日本語ではなかった。無意識のうちに出た言語だったけど、何語だ?

 それから少しして、俺はさっきのスーツを着た男の名前がセバサであることを思い出した。

それと同時に、俺がこの世界で自分がメビウスと呼ばれていることと、アストロメア家と呼ばれている貴族の六男であることを思い出した。

 この展開……アニメとかラノベとかで見たことある展開だ。

 オタクとして色々なアニメやラノベを見てきたせいか、今置かれている状況が色んな作品の冒頭と重なった。

 最近よく見る異世界で子供に転生する系の話。物語の入り方が完全にそれらと同じ流れだ。

 俺は一人部屋に残された部屋でベッドから下りて、姿見鏡のすぐ前に立った。そして、そこ映る幼い男の子を見て、俺は思わず声を漏らす。

「本当に子どもだ。うん、結構カッコいい容姿なんじゃないか?」

 鏡に映っている男の子は無造作な黒髪とぱっちりした二重瞼をしていた。その容姿はアイドルの幼少期の姿に見えなくもない。

 俺は口元を緩めながら自身の髪を軽く触る。

「転生して黒髪か。メビウスの記憶によると、この世界って魔法とかあるんだよな。となると、『実は昔から黒髪は特別な力を持つとか言われていて……』とかいうパターンだよな」

 俺は自分が子供に転生したという驚きよりも、目の前で起きているアニメのような展開に対する興奮の方が大きかった。

 まるで、フィクションの中に入ったような感覚だ。興奮するなという方が無理だろう。

「メビウス様! すぐに着替えて食堂に行きましょう。旦那様がお待ちです!」

 すると、さっき出ていったばかりのスーツの男が慌てて戻ってきた。

 汗をかいているし、走って旦那様とかいう奴に俺のことを報告して戻ってきたのだろう。

 旦那様ということは、この世界での俺の父親か。

 俺がふむと考えていると、スーツの男が驚きの速さで俺の服を着替えさせてくれた。

 おお、貴族って本当に着替えを手伝ってもらうんだな。

 俺はそんなふうに感動しながら、急いで支度をして食堂へ向かった。

 さて、この後にどんなテンプレ展開が待っているのか。

 俺はそんなことを考えながら、ルンルン気分で食堂へと向かったのだった。



「待っていたぞ、メビウスよ」

 俺が食堂に向かうと、そこには金髪の小太りのおっさんと兄姉たちが長テーブルを囲んでいた。

 メビウスの記憶が正しければ、俺をじろっと見ている小太りのおっさんがこの世界での俺の父親のアストロメア・ダーティだ。

 このおっさん、ザ悪役貴族のテンプレみたいな顔してるな。

 貴族で悪役面……ん? もしかして、このおっさん悪役貴族って奴か?

 俺がアニメやラノベみたいな展開に感動してほぅと声を漏らしていると、ダーティが俺をじろっと見てきた。

「メビウスよ。セバサが言っていたが、突然流暢に話し始めたそうではないか?」

 ダーティはセバサさんにちらっと疑うよう目を向けてそう言った。

 まぁ、いきなり幼子がペラペラ話し始めたと言われれば疑うのは当然か。

 俺はこくんと小さく頷いてから口を開く。

「はい、そうです。いきなりだったので、セバサさんを驚かせてしまったみたいですね」

 俺がサラッとそう答えると、席に座っていた兄姉たちが驚いて勢いよく俺の方に振り向いた。

 そして、ダーティは兄姉たち以上に驚いたのか、長テーブルに身を乗り出して目を見開いた。

「これは驚いた……ふふふっ! やはりそうか。黒髪は天才が多いと聞いたが、やはりそうだったか!」

 お、やっぱりあるのか、その謎設定!

 ダーティは勢いよく立ち上がると、俺に近づいてきて俺の肩をがしっと掴んだ。

 それから、ダーティはニヤッと下卑た笑みを浮かべる。

「メビウス! 貴様のこれからの成長に我がアストロメア家はかかっている! しっかり頼むぞ!」

「は、はい。えーと……お父様」

 俺は急接近してきたダーティを前に、笑みを引きつらせてしまった。

あまりダーティを直視したくないという想いから、俺は視線を他の兄姉たちの方に向けた。

 うわっ、随分と露骨に態度に出すんだな。

 兄姉たちの方を見てみると、彼らは皆俺に冷たい目を向けていた。

 メビウスの記憶を思い出してみると、兄姉たちは俺に対して冷たく接してくることが多かった。

 俺が黒髪ということもあって、ダーティは俺に対して相当期待しているらしく、それが兄姉たちには面白くないらしい。

 それ以上に、俺だけ母親が兄姉と違って庶民出身ということが気に入らないみたいだ。俺を生んですぐに亡くなってしまったらしいので、俺は母親に会ったこともないんだけど……

 ん? なんかアニメやラノベで似たパターンの奴があったな。

 これはあれだ。初めは期待されているけど、数年後にやっぱり凡人だったからっていう理由で田舎の領地に飛ばされるパターンの奴だ。

 でも、追放されるまでの数年間死ぬほど努力したから結局無双するぜっていう奴だな、これは。

 俺の境遇を考えると、そんなテンプレ展開と被るところがある。

 俺はそこまで考えて大きく頷く。
 
 大丈夫だ。俺には死ぬほど見てきたアニメとラノベの知識がある。きっと、その知識を駆使すれば、夢みたいなテンプレ生活が待っているはず!

 俺はそう考えて、数年間死ぬほど努力をするのだった。

 ここが異世界ならテンプレ通りに物事が進むはず……そう思っていた時期が、私にもありました。