──たとえ、何度生まれ変わったとしても、もう恋なんてしない。
 恋はしないが、もしあの男がもう一度、私の前に現れたとしたら。
 今度こそ、絶対にあの白い喉笛を噛みきってやるんだから──。

 「珠代さん。このあと、二人でバルコニーに出て、夜空でも眺めませんか」
 華族同士の交流会での男性の言葉に、久岐珠代(ひさきたまよ)は冷たい視線を向けた。

 「私が『はい』とお返事すると思って声をかけているのですか?」
 「え、ええと。たまにはいかがかな、と……」
 「無駄なことはおやめになった方がよろしいかと。それでは」

 珠代はあまりのそっけなさに呆然とする資産家の令息に背を向け、すたすたと歩きだした。

 「また、久岐の『お珠』か……こりないねえ、あの人も」
 「うわさじゃ男嫌いの女好きだっけ?」
 「美人に生まれても、あの性格じゃあな」

 ひそひそ話にしては声が大きすぎる自分への評価を聞きながら珠代はパーティー会場をあとにして、馬車に乗り込んだ。

 久岐珠代は帝都を守護する十二宗家の一柱、久岐伯爵家の嫡子である。
 はるか昔、妖怪──魔性のものと、人間はお互いの領域を争い、時には血で血を流す抗争を繰り広げていた。その状況を良しとしなかった時の帝は妖怪と人との共存──融和政策を打ち出した。

 人に協力的な妖怪との会談の場を設け、同盟を結んだのだ。人と共存できる妖怪は「あやかし」と名を変え、里に下り、人間と共に暮らし、子孫を残した。

 そんな中で、社会の均衡を保つために、人間とあやかしの純血、そして混血の中から、それぞれを代表する一族が台頭しはじめた。

 時の政府はそれらの家に帝都、そして人民を守護する使命の代わりに爵位を与えた。もっとも強大な力を持つ公爵家をそれぞれ一家ずつ、その公爵家から三つの分家がそれぞれ創設され、十二宗家となった。

 他の華族とは一線を画す影響力を持つ十二宗家のうち、久岐伯爵家は混血の一族だ。人間とあやかし、両方の性質を併せ持つが、基本的には人間の要素を色濃く持ち、尾や耳は持たない。
 しかし、珠代は歴史ある久岐伯爵家の中でも随一と言われるほどの純血のあやかしを凌駕する力を持っている。

 そんな珠代であるが、舞い降りてくる縁談や言い寄る男を断ること、その数九十九回。
 明るい黄金色の髪にきりっとした大きな瞳、すっと通った鼻梁、形の良い唇。珠代はだれもが振り向く美人でもあるが、無愛想で口が悪く、断り方があまりにもそっけないため、ついたあだ名が「悪辣お珠」だ。

 けれど、それについて珠代は気にしていない。彼女は決して決して婿を取らないと決めているからだ。

 それは前世の悲しい記憶ゆえだ。珠代はその昔、あやかしが妖怪として人間と共存できていなかったころ、強大な霊力を持ち、周囲の山々一帯を支配する大妖怪、『妖狐のお玉』として暮らしていたのだが、人間の陰陽師が囁く甘い言葉にころっと騙されて、討ち取られてしまったのだ。

 珠代にはその記憶がはっきりとある。今更恨みつらみをぶつけるつもりはないが、もう色恋はこりごりだと思っているし、かつて自分を殺した一族とは関わりあいになりたくないから、前世の記憶を隠して生きている。

 あやかしの血を引くものの中には、先祖返り、あるいは転生して、非常に強い霊力を持つものがたまに生まれる。しかし、そういったものは、あまりに強い霊力に魂が引きずられてしまい、生まれ変わりと表現するよりは、現世での復活と言った方が正しいような人格になってしまう。
 そうなると、かつての大妖怪が今のあやかしと人間が共存した世界に放り込まれても、馴染めない場合が多い。
 これでも珠代は、華族の生活をうまくこなしている方なのだ。

 久岐家には娘が二人しかいないが、妹の百代が婿を取り、その子どもを珠代の養子にして跡目を継がせることになっている。
 その取り決めが崩れるとは、珠代は今日まで考えもしていなかった。