「カナリアの人?」

楓子は弓未を寝床に寝かせ、後ろにいる深に尋ねた。
深は手に持つ拳銃を懐へと戻しながら答える。

「信じてないんじゃないんですか」

「あの時の弓未との会話も聞いてたの」

「はい」

二人の間に沈黙が流れる。

いるのは保健室に違いないのに、楓子はいつもの図書館にいるように感じた。

楓子が話し出すのを、深はじっと待っている。
彼が待たなくてもいいのに待つ理由を、楓子はどこかでわかっていた。

「妖、よね」

「知ってるんですか」

深は驚いた。
妖を見たことがある者も、それが妖という名だと知らない者の方が多い。

全人口のうち、見る者は1%にも満たないと言われるが、実際のところはわからない。

妖を見ても、見ぬふりをして堪える者、他人に言えず妖に飲まれ一人命を落とす者もいる。

だから、妖の真相も、カナリアの正体もわからないことが多いのだ。

「うん。兄もずいぶん苦しめられた」

「楓子さんもでしょう」

「やっぱり、それで私に付き纏ってたのね。兄に頼まれたんでしょう」

「組織の命令です」

「私は大丈夫だから、もう来なくていい」

「規則なのでできません」

「私には見えない」

「え?」

「私は妖が見えない」

「じゃあなぜお兄さんはあなたを守れと?」

「本当は見たことがないのに、兄に嫌われたくなくて、嘘をついた」

妖に怯える兄の横で、楓子は私にも見える、怖いと言ってしまった。
兄に寄り添う方法をそれしか思いつけなかった。

いつかは自分も兄と同じものを見ると根拠もなく信じていたが、
結局大人になるまで妖を見る兄に合わせることしかできなかった。

「弓未はこれでもう、妖は見なくなるのよね」

「いや、これは応急処置にすぎません。
妖が見える者は、一生付き合っていくしかないんです」

「どういうこと?」

「妖を目にしてから消えるまでの時間には個人差が大きい。
1時間ほどで勝手に消えていくものもいれば、1ヶ月経っても1年経っても消えない例もある。

だからこの拳銃が必要なんです」