その日は解剖の授業だった。

台の上に並べられる遺体に手を合わせた後、硬い皮膚に刃を入れる。

遺体を前にずっと弓未は青い顔をしている。

刃を入れた部分から皮膚を剥ぐと、固まった筋肉が現れた。
弓未はもう動かないその肉体から放たれる匂いにうっと鼻を押さえた後、
小さく謝って教室から走り去った。

「やっぱり女はだめだな」

と近くにいた生徒が呟いた。
楓子はその生徒をじろりと睨みつける。

「具合が悪くなる人は毎年いるから、気にせず続けましょう」

ざわつく教室に教師が注意を呼びかけた。




授業が終わり、楓子は弓未を探していた。

女子便所にもいなかったし、保健室だろうか。
少し走るだけで袴が風の抵抗を受ける。その重みをなんとか振り切りながら走った。

保健室の扉の前に来たところで、聞き覚えのありすぎる声がした。

「楓子さん」

「深。着いてきてたの?」

「あー気づいてました?急いでる楓子さん見かけたのでちょっと」

照れくさそうに笑う深をあしらって楓子が中に入ろうとしたちょうどそのとき、
保健室の中から悲鳴が聞こえる。

「きゃー!」

弓未だ。

直感で声の主がわかった楓子は、急いで戸を開け中へ入る。

寝台の傍ら、うずくまって震える弓未がいた。

「あ、ああ…」

一点を見つめながら自身を抱きしめている弓未の肩に楓子の手が触れる。

「弓未、大丈夫?」

そばにやってきた楓子に見向きもせず、弓未は震え続ける。


「楓子さん、伏せて」

背後にいる深の声に、楓子の体が反射的に下がる。

楓子はそのままを弓未の目と耳を塞ぐように抱きしめた。

ガチャンと金属の重たい音が聞こえた後、鈍い小音が鳴った。

弓未の妖が撃たれたのだ。

弓未は楓子の腕の中でその硬直した身体を緩めた。
衝撃で気絶したのだろう。

弓未も、見える側の人だった。楓子はその事実を初めて知った。