◇
昼休みには講堂に生徒が集まり、激しく混雑する。
食事を取る学生もいれば、ただ学友と遊ぶために訪れる学生もいる。
食堂とよばれることもあるが、特に食事が提供される場所ではない。
今日もなんとか空席を見つけ、楓子は友人の弓未と寮から持ってきたにぎり飯を食べていた。
「カナリア?」
「そう。楓子は知らない?」
「聞いたことはあるけど…ただの噂でしょう」
弓未は楓子の同級生で、この学校で出会った親友である。
男ばかりのこの場所で、楓子にとって弓未は唯一心を許せる存在だった。
「姿も形も何もわからないなんて、浪漫的でいいじゃない」
「非現実的じゃない」
「楓子は現実主義者ね」
謎だらけのカナリアについて、弓未が夢みがちな空想を繰り広げるのを楓子は半分呆れながら聞いていた。
「あ、出口会長だ。かっこいい」
弓未の興味はすでに講堂の混雑の一角に向いている。
そこにいるのはこの学校の生徒会長を務める有名な男だったが、楓子はやはりあまり興味がなかった。
「楓子さん、こんにちは」
手の中にあるご飯が減り出した頃、空いていた隣の席にふと影ができた。
楓子が一瞬驚き隣を見ると、そこには昨日初めて見た顔があった。
「深」
「どうも」
深は楓子と弓未の方を向いて軽くお辞儀をする。
「誰?」
弓未が警戒心を隠しきれない様子で尋ねた。
「1年の天田です。楓子さんとは昨日、夜に図書館でお会いしました」
「ちょっとそれは」
楓子は焦りを見せながら深の言葉を止める。
「図書館?夜中によく抜け出すと思ったらそんなところに行ってたの?」
「たまによ。たまに。気にしないで」
「まあいいけど」
弓未は笑顔の楓子に諭されて、納得したようにまたご飯を口に運んだ。
「お二人は寮で同室なんですか?」
「そうよ。学年で女は二人だけだし、何かと苦労も多いからすぐ仲良くなったね」
と弓未がすぐに答えた。
「苦労?」
深は思い当たる節がなく聞き返す。
「今感じない?女ってだけで普段から注目が集まるの」
弓未にそう言われ、深が辺りを見渡すと確かに、側を通る男生徒が物珍しそうに自分たちを見て行く。
軽く見回しただけでも藤色の着物袴はこの二人しか着ていない。
見ていないつもりでも、自然と目がいってしまうのだろう。
「なるほど。これが毎日だと面倒でしょうね」
「女だからと舐められることもあるけれど、楓子はすごいわ。
どんな重圧にも負けないで、成績はいつも学年で一番なの」
「そうなんですか。優秀なんだ」
深が嬉しそうに笑顔を向けると、楓子は恥ずかしそうに笑った。
「普通よ。医者になるんだから」
「楓子は美人なだけじゃなく、努力家でもあるの」
弓未は深を指差しながらはっきりと自慢げに言い放つ。
「もうやめて」
楓子は顔を赤くして、弓未のその指をはたいた。
楓子の後ろに結われた艶やかな黒髪が少し揺れた。
昼休みには講堂に生徒が集まり、激しく混雑する。
食事を取る学生もいれば、ただ学友と遊ぶために訪れる学生もいる。
食堂とよばれることもあるが、特に食事が提供される場所ではない。
今日もなんとか空席を見つけ、楓子は友人の弓未と寮から持ってきたにぎり飯を食べていた。
「カナリア?」
「そう。楓子は知らない?」
「聞いたことはあるけど…ただの噂でしょう」
弓未は楓子の同級生で、この学校で出会った親友である。
男ばかりのこの場所で、楓子にとって弓未は唯一心を許せる存在だった。
「姿も形も何もわからないなんて、浪漫的でいいじゃない」
「非現実的じゃない」
「楓子は現実主義者ね」
謎だらけのカナリアについて、弓未が夢みがちな空想を繰り広げるのを楓子は半分呆れながら聞いていた。
「あ、出口会長だ。かっこいい」
弓未の興味はすでに講堂の混雑の一角に向いている。
そこにいるのはこの学校の生徒会長を務める有名な男だったが、楓子はやはりあまり興味がなかった。
「楓子さん、こんにちは」
手の中にあるご飯が減り出した頃、空いていた隣の席にふと影ができた。
楓子が一瞬驚き隣を見ると、そこには昨日初めて見た顔があった。
「深」
「どうも」
深は楓子と弓未の方を向いて軽くお辞儀をする。
「誰?」
弓未が警戒心を隠しきれない様子で尋ねた。
「1年の天田です。楓子さんとは昨日、夜に図書館でお会いしました」
「ちょっとそれは」
楓子は焦りを見せながら深の言葉を止める。
「図書館?夜中によく抜け出すと思ったらそんなところに行ってたの?」
「たまによ。たまに。気にしないで」
「まあいいけど」
弓未は笑顔の楓子に諭されて、納得したようにまたご飯を口に運んだ。
「お二人は寮で同室なんですか?」
「そうよ。学年で女は二人だけだし、何かと苦労も多いからすぐ仲良くなったね」
と弓未がすぐに答えた。
「苦労?」
深は思い当たる節がなく聞き返す。
「今感じない?女ってだけで普段から注目が集まるの」
弓未にそう言われ、深が辺りを見渡すと確かに、側を通る男生徒が物珍しそうに自分たちを見て行く。
軽く見回しただけでも藤色の着物袴はこの二人しか着ていない。
見ていないつもりでも、自然と目がいってしまうのだろう。
「なるほど。これが毎日だと面倒でしょうね」
「女だからと舐められることもあるけれど、楓子はすごいわ。
どんな重圧にも負けないで、成績はいつも学年で一番なの」
「そうなんですか。優秀なんだ」
深が嬉しそうに笑顔を向けると、楓子は恥ずかしそうに笑った。
「普通よ。医者になるんだから」
「楓子は美人なだけじゃなく、努力家でもあるの」
弓未は深を指差しながらはっきりと自慢げに言い放つ。
「もうやめて」
楓子は顔を赤くして、弓未のその指をはたいた。
楓子の後ろに結われた艶やかな黒髪が少し揺れた。


