秘密結社の銃声は夢物語にならない

朝は到着地点だった駅まで、帰り道を歩いていく。

「さっきは走って来てくれてどうもありがとう」

楓子の足取りはどことなく重たい。
先程の少年の一件で、自らの無力さに落ち込んでいるのだ。

「何のためにカナリアにいるのか、こういう日はわからなくなる。
兄のような人を救いたいのに」

「僕だってそうです。誰だってそう。
今日は撃ってあげられても、明日も明後日もはできない。

本当は妖を見てしまう前に助けなければいけない」

妖を見て泣き叫ぶ少年の姿が、楓子にはあの日父親に拾われてきた一郎の姿と重なって見えていた。

いじらしく小石を蹴りながら前へ進んでいく楓子に、深は封筒を差し出した。

「お兄さんから。楓子さんに渡してほしいと」




『これ、もしよかったら君から楓子に渡してくれるか。この前の手紙の返事だ』

『私から?』

『ああ。君の損になることは書いていないつもりだけど…君の心が許す機に、渡してくれたら嬉しい』




どんな時に渡したって、一郎からの言葉が楓子の損になるはずはない。
落ち込む楓子の隣で今、深にできることだった。



『楓子

手紙をありがとう。
楓子の気持ちを知ることができて嬉しかった。

これまで、きっとたくさん悩ませてしまってすまなかった。

初めて月見家に来た日、手を握って眠ってくれたあのときから、
楓子は私のたった一人の可愛い妹だ。

夜中に妖を見た日、一緒に怖がってくれてありがとう。

父さんに教わって私が初めておはぎを作った日、甘くなかったおはぎを美味しいと食べてくれた。
ありがとう。

立派な医者になって帰っておいで。

家族全員で、楓子の帰りを待っているよ』



絶望は妖のかっこうの餌になる。
それならどうにか希望を作り出したい。

「私も医師を目指しています。
楓子さんのお話を聞いて、私も成し遂げたいと思えました」

二人歩く道の途中、近所に住む少女に声をかけられた。

事実、楓子はすでに、生まれ育ったこの街で貧しく暮らす人々の希望になっていた。

女として貧しい家に生まれながら、医学校に入学した。
見える者の痛みに間近で寄り添い、見えない者の痛みを知っている。
それでもどうにかしようと生きている。

きっとこれから立派な医者になり、たくさんの人の怪我や病気を治す。
そして治ることを広める。
体も、心も、治ることを。
転んでもまた起き上がれることを。

それがいつかの、楓子の姿だ。