籐院医学校に通う2年生の月見楓子は、丑三つ時の図書館にいた。
後1時間はこうしているつもりだ。
入学してから約1年半、大抵の夜を学校と寮の中間に位置するこの図書館で過ごしている。
人っ子一人も来ないこの時間のこの場所で、机につき医学書を開く。
成績を落とすわけにはいかない。
女の医学生は珍しい。それだけで周囲からの視線は痛く、少しでも気を抜けばきっと目をつけられる。
それでも楓子は医者になりたくてここへ来た。
家を出る日、見送ってくれた家族の顔が浮かんだ。
『一日に一度、この砂が落ちる間、会いに行くよ』
兄から受け取った、ガラス細工の上下を逆さにする。
中に入っている白色の砂がさらさらと下へ流れ落ちていく。
中心で通り道が細く絞られている形状では、砂がすべて落ち終わるまでに数分かかる。
長い一日のうちこの数分間だけ、楓子は離れて暮らす兄に思いを馳せた。
────会いたいな。
楓子の家は小さな和菓子屋を営んでいる。
両親、祖父母、そして兄と6人で共に暮らしていた。
娘が医学校に進学すると言ったときは寂しがりこそしたが、誇らしいと笑ってくれた。
楓子はそんな家族を愛している。
だからこの学校を選んだのだ。
特に応援してくれたのは、4歳年上の兄だった。
早いうちから進学の選択肢を捨て家業を継ぐことを決めた兄を楓子は心から慕い、常に心の拠り所としてきた。
会いに来てくれている。そう思えば、会えなくても。
そう思っているのに、下に溜まる砂の分、会いたい気持ちは募っていった。
医学書の下にはまっさらな便箋がある。
兄からは月に一度手紙が届くが、ここ数ヶ月返事を書けずにいる。
進まない筆の代わりに、どうにか医学書を読み込んでいた。
後1時間はこうしているつもりだ。
入学してから約1年半、大抵の夜を学校と寮の中間に位置するこの図書館で過ごしている。
人っ子一人も来ないこの時間のこの場所で、机につき医学書を開く。
成績を落とすわけにはいかない。
女の医学生は珍しい。それだけで周囲からの視線は痛く、少しでも気を抜けばきっと目をつけられる。
それでも楓子は医者になりたくてここへ来た。
家を出る日、見送ってくれた家族の顔が浮かんだ。
『一日に一度、この砂が落ちる間、会いに行くよ』
兄から受け取った、ガラス細工の上下を逆さにする。
中に入っている白色の砂がさらさらと下へ流れ落ちていく。
中心で通り道が細く絞られている形状では、砂がすべて落ち終わるまでに数分かかる。
長い一日のうちこの数分間だけ、楓子は離れて暮らす兄に思いを馳せた。
────会いたいな。
楓子の家は小さな和菓子屋を営んでいる。
両親、祖父母、そして兄と6人で共に暮らしていた。
娘が医学校に進学すると言ったときは寂しがりこそしたが、誇らしいと笑ってくれた。
楓子はそんな家族を愛している。
だからこの学校を選んだのだ。
特に応援してくれたのは、4歳年上の兄だった。
早いうちから進学の選択肢を捨て家業を継ぐことを決めた兄を楓子は心から慕い、常に心の拠り所としてきた。
会いに来てくれている。そう思えば、会えなくても。
そう思っているのに、下に溜まる砂の分、会いたい気持ちは募っていった。
医学書の下にはまっさらな便箋がある。
兄からは月に一度手紙が届くが、ここ数ヶ月返事を書けずにいる。
進まない筆の代わりに、どうにか医学書を読み込んでいた。


